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終わりの世界で輝く・・・彼女たちの残滓  作者: きなこもち
第2章

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「間に合うなら苦労しない」



 旧第十三市街の外縁ゲートを抜けたあと、第六と第七はそのまま中央戦術棟へ直行させられた。


 撤退したばかりなのに休憩がない。


 まあ、あの反応増加を見たあとなら当然かもしれない。のんびり茶でも飲んでる場合じゃないのは、夕璃にだってわかる。


 でも、わかるのとだるいのは別だ。


「……眠」


 会議室前の廊下で、夕璃が小さくつぶやく。


「寝るな」


 紅羽が即座に返した。


「寝てない」


「目が半分死んでいる」


「それは生まれつき」


「便利な言い訳だな」


「事実だし」


 横で詩乃がくすっと笑う。


「でも夕璃ちゃん、今のちょっとひどい顔してるよ」


「最近みんなそればっか言うな」


「ほんとだもん」


 そこへ、後ろから琥珀の声が飛んできた。


「おかえり!」


 元気だなあ、と思う。


 振り返ると、琥珀と紫月がいた。待機組だった二人は、どうやら戻りを聞いてすぐ来たらしい。琥珀は夕璃たちの顔を見た瞬間に、ぱっと表情を変えた。


「うわ、ほんとにひどい顔してる」


「お前まで」


「いやだってそうだし」


 紫月は少しだけ眉を下げる。


「何かあった?」


「いろいろ」


 夕璃が短く答える。


 それで足りるくらいには、今日はもういろいろありすぎた。


 会議室の扉が開いた。


 霧島が顔を出す。


「全員入れ。待機組もだ」


「え、あたしたちも?」


 琥珀が目を丸くする。


「情報共有だ。ぼさっとすんな」


「してないし!」


「してる」


 霧島はそれだけ言って引っ込んだ。


 会議室の中は、思った通りの顔ぶれだった。


 前方に霧島、綾瀬、御門。

 赤虹隊側から天童朱里。

 青虹隊側から氷室凪と藍沢雫。

 黄虹隊から御剣千晴。

 緑虹隊から春風奏。

 藍虹隊は当然、宵待澪那と透子。


 フルコースだな、と思う。


 つまり、かなり面倒な話になる。


 席につく。


 第七部隊はまとまって後方右寄り。第六はその少し前。赤と青は中央寄り。黄と緑は左右に分かれている。


 こういう並びだけでも、立場の違いが見えるのがちょっと嫌だ。


 会議が始まる。


 最初に口を開いたのは澪那だった。


「旧第十三市街外縁地下通路にて、記憶干渉を伴う人形型残滓を確認。さらにその先から、複数の兵骸種および不定型残滓の接近を確認し、先行調査を中断して撤退」


 声は静かだ。


 でも、その静けさのまま内容だけ重い。


 透子が補足する。


「ただの徘徊じゃない。奥から押し出されてた。迎撃反応って見た方がいい」


「街が迎撃してくる、か」


 朱里が低く言った。


 その言葉は冗談ではなかった。


 御門がモニターへ波形を並べる。


「人形型残滓の核反応は、祭祀種核片と同系統。さらに深部側で検出された反応群は、その上位層に属する可能性が高い」


「可能性ばっかりだな」


 夕璃がぼそっと言う。


 雫がすぐ横目で刺してきた。


「断定材料が足りないんだから仕方ないでしょ」


「言い方」


「事実」


 ほんとにそこぶれないな。


 綾瀬が前へ出た。


「現時点で重要なのは二点です。ひとつ、旧第十三市街深部に、敵性残滓の供給元に近いものがあること。もうひとつ、それが適合者の記憶層へ強い干渉を返していること」


 教室の空気がさらに静かになる。


 紫月は前を見たまま動かない。琥珀も珍しく黙っていた。


「特に」


 綾瀬の視線がわずかに夕璃と詩乃へ向く。


「黒瀬さん、白峰さん。この二人は反応が強い」


 詩乃の指先が、ほんの少しだけ動いた。


 夕璃は目をそらさなかった。


「やっぱりか」


 千晴が低く言う。


 紅羽がすぐに聞く。


「どの程度ですか」


「白峰さんは旧市街深部での精神ノイズへの同調傾向。黒瀬さんは外部記憶残滓との接触率が高い」


 接触率って何だよ、と思う。


 言われていることはたぶん正しい。でも言葉にされると少し腹が立つ。


「つまり、連れていくほど危ない」


 雫が言った。


 静かな声だった。


「だから、次の作戦は人選を考え直した方がいい」


 会議室の空気が少しだけ動く。


 たぶん、この場にいる何人かはそう言うと思っていた。


 でも、実際に言われるとやっぱり少し苛つく。


「それ、わたしと詩乃を外せって話?」


 夕璃が聞く。


 雫は迷わなかった。


「少なくとも、現段階では優先候補から外すべき」


「藍沢」


 朱里が静かに制した。


 でも雫は言葉を止めない。


「止めるなら今だよ。深部に入ってから壊れたら遅い」


「言い方ひど」


 琥珀が思わずこぼした。


 紅羽が椅子を引く音を立てた。


「それは違う」


 まっすぐな声だった。


「危険だから外す、で済むなら第七部隊は最初から存在していない」


「存在していない方がよかったかもしれない、って話をしてるんじゃない」


 雫も引かない。


「今必要なのは、行ける人間じゃなく、行っても壊れない人間」


「そんなものがいるなら、最初から苦労していない」


 紅羽の返しも早かった。


 やばいな、と夕璃は思う。


 この二人、理屈はどっちもわかる。だからこそ、ぶつかると厄介だ。


 紫月が口を開きかけた、その前に澪那が言う。


「私は連れていくべきだと思う」


 会議室の視線がそっちへ向く。


 澪那は静かに続けた。


「危険なのは事実。でも、深部側がこの二人へ反応しているなら、外したところで終わらない。むしろ、何が反応してるのかを見ないまま大規模侵入する方が危ない」


 言ってることは冷たい。


 でも、理屈としては通っている。


 雫が目を細める。


「それは観察対象としての価値を優先してるだけ」


「否定しない」


 澪那はあっさり言った。


「でも、それが結果的に全体の生存率を上げるなら、現場としては正しい」


 雫の空気が一段冷えた。


 夕璃は心の中で、やっぱりこの人たち相性最悪だな、と思う。


 そこへ奏が静かに口を開く。


「どっちも正しいんじゃないかな」


 全員の視線が少しだけやわらぐ。


 奏の声は、こういうときだけ本当に便利だ。


「危ないから外したい気持ちもわかるし、反応があるから見たいのもわかる。でも、その話ってたぶん“行くか行かないか”だけで決めるとズレるよね」


「じゃあどうする」


 千晴が聞く。


 奏は少しだけ考えるようにしてから答えた。


「行くなら、壊れる前提で組む」


 その言い方に、会議室が静かになる。


「壊れないでほしい、じゃなくて、揺れたとき誰が止めるか、誰が引くか、どこで撤退するかを先に決める」


 それは、たしかにそうだ。


 理想論じゃなく、現実の組み方だ。


 千晴もうなずく。


「私もそちら寄りだ。危険だから使わない、では戦力が足りない。だが危険を見ないふりして使うのは最悪だ」


「壊れる前提で組む、か」


 朱里がつぶやいた。


「嫌な言い方だけど、必要だね」


 紅羽は黙ったまま前を見ている。


 夕璃には、その横顔が少しだけ苦しそうに見えた。


 紅羽はたぶん、そこをいちばん嫌がる。仲間を最初から“壊れるかもしれないもの”として数えることを。


 でも、目をそらせない。


 御門がそこで話を切り替えた。


「では次の段階へ進める」


 モニターの地図が変わる。


 旧第十三市街地下の中心部、そのさらに奥。


 円形の大きな反応域が表示される。


「ここが現時点の最深部反応点。仮称、記憶流出点」


 その名前だけで気分が悪い。


「ここを確認しない限り、旧第十三市街由来の敵性流出は止まらない可能性が高い」


 つまり、行くしかない。


 全員それをわかってしまった。


 霧島が結論を落とす。


「明日、合同大規模任務を組む」


 短い。


 でも十分すぎた。


「赤は正面制圧、黄は避難導線確保、緑は後方支援、青は観測制圧、藍は先導封鎖、第七は内部不測対応」


 役割が並ぶ。


 その中で第七だけが、やっぱり一番曖昧で、一番危ない。


 不測対応。


 ようするに、何が来るかわからない場所へ入るってことだ。


「異論は」


 霧島が見渡す。


 雫が一瞬だけ口を開きかけて、閉じた。


 たぶん言いたいことはまだある。でも、この流れの中では押し切れないと判断したんだろう。


 代わりに、夕璃の方を見た。


 その目だけでだいたいわかる。


 無茶するな、壊れるな、次はほんとに止める。


 言葉にしたらたぶんそういう意味だ。


 会議が終わる。


 椅子の音が重なる。


 部隊ごとに散っていく流れの中で、紅羽が立ち上がるより少し早く、夕璃へ低く言った。


「あとで話す」


「やな予告だな」


「必要な話だ」


 その返しで、たぶん重いやつだなとわかる。


 会議室の外へ出ると、廊下の空気は少しだけ軽かった。少しだけだ。焼け石に水みたいなものだけど。


 そこへ、朱里が赤虹隊を離れてこっちへ来た。


「一条」


「天童先輩」


 紅羽の声が少しだけ硬い。


 朱里はその顔を見て、小さく笑った。


「そんなに構えなくていいよ」


「……はい」


「今の話、きついね」


 朱里の言い方はやわらかい。


 でも、軽く流しているわけじゃないのがわかる。


「けど、あなたなら大丈夫」


 紅羽の表情がほんの少しだけ揺れた。


「大丈夫、というのは」


「理想を捨てないでいられるってこと」


 朱里はまっすぐ言った。


「ただし、形は変えないとだめかもね」


 その言葉が、たぶん紅羽には一番効く。


 夕璃は横で聞きながら、ちょっとだけずるいなと思った。きれいすぎる。言うべきことだけをちょうどいい温度で置いていく。


「黒瀬さんも」


 朱里がこっちを見る。


「無茶するなら、ちゃんと戻る前提でしてね」


「前提で無茶するなって意味に聞こえる」


「半分くらいは」


「便利だな、それ」


 まただ。


 でも少しだけ、空気はやわらいだ。


 朱里が去ったあと、紅羽は少しだけ黙ったまま歩いた。


 夕璃は横目でそれを見る。


「なんか言われた?」


「聞いていただろ」


「内容じゃなくて、どう刺さったかの話」


 紅羽は少しだけ眉を寄せる。


「面倒くさい聞き方をするな」


「お互いさま」


 数秒だけ沈黙して、それから紅羽が言った。


「……形は変えろ、だと」


「うん」


「理想を捨てるな、でもそのままでは届かない、とも言われた気がする」


「まあ、そうだろうな」


「腹が立つ」


「図星だから?」


 紅羽が睨んできた。


 でも否定はしなかった。


 それが答えみたいなものだ。


 そのとき、前方の角で雫が一人立っていた。


 待ってる。


 嫌な予感がもう一回くる。


「黒瀬」


「はい来た」


「来た、じゃない」


 雫は真顔だった。


「少しだけ時間ある?」


「今日みんなその言い方するな」


「質問に答えて」


「あるけど」


「じゃあ来て」


 断りにくいやつだ。


 夕璃は紅羽を見る。紅羽は小さくうなずく。


「行ってこい」


「素直」


「必要だからだ」


 雫について、廊下の端まで行く。


 人通りの少ない窓際。午後の光が少し斜めに入っていて、変に静かだった。


 雫はそこでようやく振り返る。


「さっきの話」


「大規模任務のやつ?」


「それもだけど、その前」


 雫の目はまっすぐだった。


「講義中の映像。あれ、あなたにも見えてたんでしょ」


「……見えてた」


「やっぱり」


 雫は少しだけ息を吐いた。


「わたしの方でも解析かけた。あの人影、普通の映り込みじゃない」


「そこまでわかるの」


「断定はできない。でも、ノイズじゃなくて、波形側に寄ってる」


 つまり、機械のバグではなく、あっち側の異常だ。


 最悪だな、と思う。


「で?」


 夕璃が聞く。


「で、今の作戦に行く気?」


「行くよ」


「即答」


「だって行くしかないだろ」


「そうやってすぐ決めるのが危ないって言ってるの」


 雫の声が少しだけ強くなる。


 珍しい。感情が前に出ている。


「黒瀬。旧第十三市街があなたに反応してるなら、なおさら慎重になるべき」


「慎重にして止まるならするよ」


「そういう話じゃない」


「じゃあ何」


 夕璃も少しだけ語気が強くなる。


「外から見て危ないからやめろって言われても、こっちにはこっちの」


「外から見てるからわかることもある!」


 雫が言い切った。


 一瞬、廊下の空気が張る。


 夕璃は黙る。


 雫もすぐには続けなかった。


 でも、その目だけは逸らさない。


「……わたしは」


 少しだけ間を置いて、雫が言う。


「昔から、あなたがそうやって“ぎりぎり平気な顔”をするたびに、ほんとは平気じゃないの知ってる」


 その言い方は、ずるい。


 データとか波形とかじゃなく、昔から知ってる側の言葉だ。


「今さら、見逃せない」


 夕璃は視線をそらした。


 窓の外を見る。明るい。平和そうだ。中身はそうでもないのに。


「……雫」


「なに」


「そういう言い方、反則だろ」


 雫は少しだけ目を細めた。


「知ってる」


「強いな」


「強く言わないと聞かないでしょ」


 前にも同じことを言われた気がする。


 そして、たぶん今もその通りだ。


 夕璃はゆっくり息を吐いた。


「行くのは変えない」


「だろうね」


「でも、単独では動かない」


「ほんとに?」


「半分くらいは」


「最悪」


 雫が言った。


 でもそのあと、ほんの少しだけ口元がゆるんだ。


「せめて七割くらい守って」


「努力はする」


「それは守らない返事」


「じゃあ、七割」


「微妙」


 そこまで言って、雫は少しだけ真顔に戻る。


「黒瀬」


「なに」


「次に波形が大きく乱れたら、ほんとに止めるから」


「うん」


「今度は冗談じゃないよ」


「わかってる」


 短いやり取りだった。


 でも、前より少しだけちゃんと届いた気がした。


 雫が青虹隊の方へ戻っていく。


 夕璃はその背中を見送りながら、壁へ軽く頭を預けたい気分になった。


 疲れる。


 ほんとに。


 でも、それで終わりじゃない。


 窓ガラスに、自分の顔がうっすら映っている。


 その隣に、また長い髪の女の影が立っていた気がした。


 夕璃はすぐ振り向く。


 誰もいない。


「……くそ」


 小さく吐き捨てる。


 講義で見た影。夢の影。旧第十三市街の影。


 全部が少しずつ近づいてきている。


 その感覚だけが、今日ずっと消えなかった。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

もし作品を気に入っていただけましたら、

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★★★★★を入れていただけると作者のやる気が大幅に上がります(^^)/


また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

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