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終わりの世界で輝く・・・彼女たちの残滓  作者: きなこもち
第2章

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「知られてるのがいちばん気持ち悪い」



 夜の旧第十三市街は、昼より輪郭がはっきりして見えた。


 明るさがないぶん、壊れている場所だけがよくわかる。崩れた看板。ねじれた歩道橋。割れたガラスの反射。止まった信号。誰もいないのに、誰かがさっきまでいたみたいな形だけが、あちこちに残っている。


 嫌な街だな、と夕璃は思う。


 前にも思った。たぶんこれからも何回も思う。


 そして、そのたびに少しずつ慣れていくのが、いちばん嫌だった。


「第六先行。第七は三歩後ろ」


 宵待澪那の声が小さく落ちる。


「近すぎず、離れすぎず。音は拾って」


「注文が多いな」


 夕璃が言うと、透子が横から肩をすくめた。


「現場ってだいたいそういうものだよ」


「言い方がちょっとむかつく」


「褒め言葉?」


「違う」


 軽口を挟んでいる間も、足は止めない。


 今夜の再調査は小規模。第六と第七、それに外縁からの青虹観測支援だけ。奏のところから来るはずだった補助は、外で待機らしい。紫月と琥珀は学園側で留守番。


 つまり今ここにいる第七部隊は、夕璃、紅羽、詩乃の三人だけだ。


 珍しい編成だった。


 珍しいぶん、少しだけ落ち着かない。


 紅羽が隣で低く言う。


「黒瀬」


「なに」


「今のうちに決めておく。今回は前へ出すぎるな」


「その言い方だと毎回出すぎてるみたいじゃん」


「毎回少しは出すぎてる」


「強いな」


「事実だ」


 きっぱりしてる。


 でも否定しづらい。


 夕璃は少しだけ息を吐いた。


「そっちこそ、正面から全部受けるなよ」


「私はそれが役割だ」


「そういうとこだぞ」


「何だ」


「ちゃんとしてる」


「褒めてないだろ」


「半分くらいは」


「便利だな、それ」


 後ろで詩乃が小さく笑う。


「二人とも、昨日の夜からちょっと仲いいね」


「そう見える?」


 夕璃が聞く。


「見える」


 詩乃の返事は早かった。


「ちょっとだけだけど」


「ちょっとだけならいいだろ」


「どうかな」


 詩乃はふわっとした声で言う。


 でも、その顔を横目で見ると、やっぱり少しだけ乾いていた。


 今夜の詩乃は静かだ。


 静かすぎるくらいに。


 それが逆に気になる。


 旧第十三市街の外縁から、地下へ降りる連絡通路に入る。


 ひんやりしていた。空気が変わる。地上の風の匂いが消えて、代わりに湿ったコンクリと古い金属の匂いが強くなる。


 通路の壁には、昔の案内表示がまだ残っていた。


【地下商業区画】

【連絡改札】

【避難指定経路】


 今見ると、どれも皮肉みたいだった。


「反応は?」


 紅羽が聞く。


 澪那が手元の簡易観測端末を見る。


「前方二十メートル先に薄いのが二つ。固定じゃない。うろついてる」


「兵骸種?」


 夕璃が聞く。


「たぶん。深くはない」


 透子が続ける。


「でも、嫌な感じ」


「便利な感想だな」


「でも合ってるでしょ」


 それはそうかもしれない。


 遥が前方を指した。


「右通路、暗がり」


 全員が止まる。


 目を凝らすと、たしかにいた。人型。二体。壁にもたれかかるようにして立っている。兵骸種に近い。でも完全ではない。関節の曲がり方が変だ。


「いく?」


 詩乃が静かに聞く。


「待て」


 夕璃が言うより先に、澪那が一歩前へ出た。


「第六が触る」


「いや、こっちでも」


「黒瀬さん」


 澪那が振り返る。


 声は静かだった。でも、その静かさのまま少しだけ圧がある。


「今日は確認が優先。あなたたちの癖を見せるのは、必要になってからでいい」


 言い方が気に入らない。すごく。


 でも理屈はわかる。


 夕璃が黙ると、澪那はそのまま前へ出た。繭と遥も続く。ほんとに音がしない。


 通路の影の中で、二体の残滓がゆっくり顔を上げる。気づいた。けど遅い。


 繭が足を刈り、遥が短弓の一撃で頭部を穿つ。もう一体は澪那の細刃が喉元を裂いた。


 速い。


 綺麗。


 そしてやっぱり、どこか冷たい。


「終了」


 澪那が戻ってくる。


「深くない。けど、誘導されてる感じがある」


「誘導?」


 紅羽が聞く。


 透子が通路の奥を見ながら言う。


「奥から押し出されてるみたいな動きだった。自分の意思で徘徊してる感じじゃない」


「気持ちわる」


 夕璃が言う。


「だよね」


 透子が妙に軽く同意した。


 そのとき、青虹から通信が入る。


『そっち、動き遅いね』


 雫だった。


 即座にイラッとする声色をしている。


「観測だけの人に言われたくない」


 夕璃が返す。


『観測だけだから見えることもあるの』


「言い方」


『事実』


 そして少しだけ間を置いてから、雫は続けた。


『前方三十メートル先、左壁際。追加反応一。静止してる』


 澪那がすぐに視線を向ける。


「見えない」


『今はまだ。五秒待って』


 その五秒の間が妙に長い。


 四秒くらい経ったところで、夕璃の耳の奥が少しだけざわついた。


 嫌な感じだ。


 通路の左壁。暗い。何もないように見える。なのに、そこだけ空気の層が薄いみたいな違和感がある。


「来る」


 夕璃が小さく言った。


 次の瞬間、壁から人型が半分染み出すみたいに現れた。


「うわっ!?」


 透子が珍しく声を上げる。


 兵骸種じゃない。もっと薄い。もっと人に近い。顔はあるのに、目の位置だけが空っぽだった。


 そいつが、まっすぐ夕璃を見た。


 ぞわっと背中が冷える。


 次の瞬間、頭の中に声が落ちた。


「みつけた」


「っ!」


 夕璃の足が止まる。


 なんでこっちに来る。


 人型残滓はそのまま滑るように前へ出る。速い。兵骸種の鈍さがない。


「夕璃ちゃん!」


 詩乃の声が飛ぶ。


 そこでようやく体が戻る。


 長刀を出す。


 人型残滓の腕が伸びる。刃で受ける。重くはない。けど、触れた瞬間、視界の端に知らない駅のホームが差し込んできた。濡れた床。泣いている誰か。すぐ消える。


「は……?」


 これが干渉か。


 想像より気持ち悪い。


「切るな、浅く受けろ!」


 紅羽の指示。


 夕璃は舌打ちしたくなった。わかるけど難しい。


 詩乃が横から滑り込む。双短刀が一閃。残滓の右腕を落とす。


 でも本体はひるまない。落ちた腕が黒い糸になって床を這う。


「うわ、なにそれ」


 詩乃の声は軽い。けど目は笑ってない。


「核、どこ」


「頭じゃない!」


 夕璃が直感で言う。


 たぶん違う。


 残滓がまたこっちを見る。


 今度は顔のない口元が、少しだけ笑ったように見えた。


「しってる」


 誰のことを言ってる。


 何を。


「知るかよ!」


 夕璃は吐き捨てて踏み込んだ。


 長刀を横薙ぎに振るう。胴を裂く。浅い。空洞。やっぱり核じゃない。


 紅羽が横から槍を差し込んで、動きを止める。


「詩乃!」


「見てる!」


 詩乃が残滓の周りを回る。死角へ入り、肩、首、腰、足元。全部見る。ほんの数秒で。


「背中」


 詩乃が言った。


「肩甲骨の間。なんかある」


「了解」


 夕璃はすぐに動く。


 正面からだと届かない。なら回る。残滓がそれに反応する。早い。けど読める範囲だ。


「紅羽、あと一秒!」


「任せろ!」


 紅羽がさらに押し込む。


 槍と圧で真正面を固定。そこへ夕璃が半歩ずつ回る。人型残滓が腕を振るう。刃で流す。視界の端にまた知らない景色。うるさい。


「夕璃ちゃん、そこ!」


 詩乃の声。


 見えた。背中。肩甲骨の間に、小さな黒い灯みたいなものが脈打っている。


 核。


 夕璃は接続を少しだけ深くする。長刀の刃先が冷たく締まる。


 借りる。


 でも深くは行かない。紫月との約束が頭の端に引っかかる。そこまで落とすな。


「いける」


 自分に言うみたいにつぶやいて、そのまま斬る。


 一撃。


 届いた。けど割れない。


「硬っ」


「もう一回!」


 詩乃が言う。


 人型残滓が振り向きかける。紅羽が押さえる。赤虹みたいな正統派じゃないけど、この人の固定はやっぱり強い。


 夕璃は呼吸を合わせる。


 もう一撃。今度は残響を浅く重ねる。


 刃が抜けたあと、遅れてもうひとつの斬撃が同じ場所を裂く。


 ぱき、と乾いた音。


 核が割れた。


 人型残滓の身体が、その場で糸みたいに崩れ落ちる。


 静かになった。


 さっきまで頭に差し込んでいた知らない景色も消える。


「……終わり」


 夕璃が息を吐く。


 肩が少し重い。


『今の、良くない』


 雫の声が通信に落ちた。


 やっぱり来るか。


「どのへんが」


『全部。特に最初の止まり方』


「そこ見てたのか」


『見てたよ』


 声が少しだけ低い。


『“みつけた”って聞こえた瞬間、完全に足止まったでしょ』


 図星すぎる。


 夕璃は返事をしなかった。


 澪那が人型残滓の消え跡を見下ろす。


「今のは記憶への接続が濃い」


「旧第十三市街、やっぱり深いね」


 透子が言う。


「まだ外縁なのにこれ」


 紅羽が小さく息を吐いた。


「先が思いやられる」


 詩乃は何も言わなかった。


 ただ、残滓の消えた床を見ている。


 夕璃はその横顔を見て、少しだけ嫌な感じがした。


「詩乃」


「ん?」


 返事は普通だ。


「どうした」


「べつに」


 そう言って、詩乃はいつもの笑い方をした。


 でもその少し前、ほんの一瞬だけ、残滓を見ている顔が静かすぎた。


 嫌だな、と思う。


 夕璃がそう感じたのと同時に、通路の奥から低い振動が伝わってきた。


 小さい。でもたしかに足元に来る。


「……また?」


 紅羽が前を見る。


 透子が端末を確認して顔をしかめた。


「反応、増えた」


「数」


 澪那が聞く。


「五。いや、七」


 多い。


 しかも通路の先、地下のさらに奥からまっすぐ来ている。


『撤退して』


 雫の声が即座に飛ぶ。


『そのルート、奥から押し出されてる。たぶん探りじゃなくて迎撃』


「は?」


 夕璃が言う。


「旧第十三市街に迎撃とかある?」


『あるんじゃない。今そうなってる』


 雫の声はいつも通り冷静だった。


『第六、第七、下がって』


 澪那が一秒だけ迷って、それからうなずいた。


「下がるよ。第六前、第七後ろ」


「逆じゃないのか」


 夕璃が聞く。


「追われるときは前が慣れてる方がいい」


 それはたしかにそうかもしれない。


 通路の奥で、何かがうごめく影が見え始める。兵骸種だけじゃない。もっと薄いもの、もっと嫌なものも混ざっている。


「……ほんとやだ」


 琥珀がいないのに、頭の中でそんな声がするくらいには、夕璃も同じ気持ちだった。


 撤退しながら、夕璃は一度だけ後ろを見た。


 通路の暗がり。


 そこに、また女の影が立っていた。


 今度は何も指ささない。ただ、こちらを見ている。


 その輪郭が、さっきまでより少しだけはっきりしていた気がした。


「黒瀬、前」


 紅羽の声で、夕璃は視線を戻す。


 危ない。


 こういうのが一番まずい。


「……了解」


 短く返す。


 旧第十三市街は、待ってくれない。


 さっき澪那が言った言葉が、今になって妙に引っかかった。


 たぶん、あれは脅しじゃない。


 事実だ。


 そしてその事実に、自分たちは少しずつ飲まれ始めている。


 通路の出口が見えたとき、夕璃は背中にじわっと嫌な汗を感じていた。


 気持ち悪いのは敵だけじゃない。


 敵に近づいていく自分たちの方かもしれない。


 その考えが、一瞬だけ頭をよぎって、すぐに消えなかった。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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