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終わりの世界で輝く・・・彼女たちの残滓  作者: きなこもち
第2章

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「静かな人ほど怖いことを言う」



 中央講義棟の第一教室は、朝から空気が重かった。


 別に誰かが怒っているわけじゃない。騒いでいるわけでもない。ただ、集まっているメンツがそうさせていた。


 赤、青、藍、紫。


 一度並んだ顔ぶれだけど、今回は前より少しだけ温度が低い。旧第十三市街関連、と通知に書かれていた時点で、たぶん全員が嫌な想像をしている。


「うわ……」


 教室に入った瞬間、琥珀が小さく声を漏らした。


「いると思ったけど、ほんとにいた」


「誰が」


 夕璃が聞く。


「第六の人たち」


「そこか」


「だってやなんだもん」


 前方の窓際寄りに藍虹隊がいた。


 宵待澪那、霞ヶ関透子、雨宮繭、墨染遥。静か。とにかく静か。誰も無駄に喋っていないのに、こっちを見た瞬間だけ気配がちょっと重くなる。


 その少し後ろに青虹隊。


 氷室凪、藍沢雫、真白レイ、七瀬澄玲。


 こっちは静かというより冷たい。


 温度が低いままちゃんとまとまっている。ああいうのを見てると、第七部隊はほんとに“まとまり方が雑”なんだなと思う。


「黒瀬」


 紅羽が低く呼ぶ。


「ぼーっとするな」


「してない」


「してる」


「してない」


「してる」


「今の紅羽先輩、めっちゃ普通にめんどくさい」


 琥珀が言った。


 紅羽がすぐに睨む。


「九条」


「すみません」


 反射で謝るの早いな、と思う。


「でも、ちょっとわかる」


 詩乃がやわらかく言った。


「夕璃ちゃん、今日ずっとどっか遠いよね」


「そう?」


「そう」


 紫月までうなずいた。


 夕璃は息を吐いた。


「そんな見られてる?」


「見てるから」


 紫月が静かに返す。


 そう言われると弱い。


 教室の後ろ寄り、いつものように少し端の席へつく。第七部隊がまとまって座ると、それだけでなんとなく周りが一列ぶん空くの、そろそろ笑えない。


 琥珀が前方を見てぼそっと言う。


「雫先輩、今日なんか機嫌悪そうじゃない?」


「いつもあんなもんだろ」


 夕璃が言う。


「いや、もうちょい温度あった気がする」


「それは気のせい」


「ほんとかなあ」


 たぶん、琥珀の方が正しい。


 雫の顔はいつも通り整っているけど、目元だけ少しだけ固い。昨日の後送で、夕璃の波形乱れも共有されているはずだ。機嫌がいい理由はない。


 そのとき、教室前方の扉が開いた。


 綾瀬冬子と御門朔、それから戦術教導官が数人。今日は霧島じゃないらしい。代わりに前へ出たのは、記録解析寄りの教官だった。


 夕璃は少しだけ拍子抜けする。


「霧島じゃないんだ」


「いたらたぶん最初に“眠そうな顔するな”って言われる」


 紅羽が言う。


「それはありそう」


 琥珀が即答した。


 講義が始まる。


 内容は旧第十三市街のこれまでの調査記録、敵性反応の分類、解析結果の追補だった。


 説明そのものはわかりやすい。


 けど、わかりやすい分だけ嫌だった。


 旧第十三市街の地下深部には、通常の骸獣発生点とは別の“記憶流出層”がある可能性が高い。

 祭祀種の核片、人形型残滓、兵骸種の統制変化、それぞれが別系統ではなく、もっと深いところで一本に繋がっている。


 教室の空気が少しずつ重くなる。


 御門が前へ出た。


 嫌な予感しかしない流れだ。


「現段階では仮説に過ぎない」


 そう前置きしてから、御門はモニターへいくつかの波形を並べる。


「だが、旧第十三市街深部の反応と、英骸記憶の接続波形には、いくつか無視できない近似がある」


 その言い方が、すでに嫌だった。


 近似。


 無視できない。


 要するに、近いんだろ。


「詳しく言うと」


 透子が小声でつぶやく。


「気持ち悪い話ってことだね」


 その小声が聞こえたのか、聞こえてないのか、御門は気にせず続けた。


「適合者が扱う英骸記憶と、旧第十三市街深部で検出される一部の敵性残滓は、層構造の上で近接している可能性がある」


 教室の空気が、はっきり冷えた。


 琥珀が「え」と声に出しかけて、紅羽に肘で止められる。


 夕璃も黙ったままモニターを見る。


 だろうな、と思う自分と、やめろよ、と思う自分が半分ずついた。


 詩乃は前を見たまま、動かない。


 紫月だけが、ほんの少しだけ視線を伏せていた。


「それって」


 青虹隊のどこかから声が上がる。


「敵と味方の力が、別物じゃないってことですか」


 真正面から行くな、と思う。


 でも今の質問は、たぶん全員が頭の中でしていた。


 御門は一拍だけ黙ってから答える。


「現時点では、そう断定はしない」


 その返しで安心できるやつがいるなら見てみたい。


「ただし」


 やっぱり続いた。


「完全に無関係と考える根拠も、今のところ薄い」


 教室の後ろで、誰かが小さく息をのむ。


 夕璃は奥歯を噛んだ。


 最悪だ。


 最悪だけど、ずっと薄く感じていた気持ち悪さに形がついた感じもある。だから余計に嫌だった。


「……やだなあ」


 琥珀が本当に小さくつぶやく。


「わかる」


 夕璃も同じくらい小さく返した。


 綾瀬が前へ出る。


「不必要に恐れる必要はありません」


 その言い方は、医療側としてはたぶん正しい。


「ですが、今後は記憶干渉系敵性反応への警戒を一段引き上げます。特に旧第十三市街関連任務に参加する適合者は、戦闘後の波形記録と簡易問診を義務化します」


 そのタイミングで、綾瀬の視線がほんの一瞬だけ夕璃へ向いた。


 気のせいじゃない。


 こっちはたぶん、もう“特に”の中にちゃんと入っている。


 講義はそこから、敵性反応の実例へ移った。


 地下の監視映像。祭祀種の核片。人形型残滓の短い動画。どれも気分のよくなるものではない。


 でもその中で、夕璃は一つだけ引っかかる映像を見つけた。


 旧第十三市街地下の崩れた通路。三秒くらいの短い記録。画面の奥、角を曲がる直前に、一瞬だけ長い髪の人影が映っている。


「……」


 息が止まりかける。


 いる。


 映ってる。


 気のせいじゃなかった。


「夕璃ちゃん?」


 紫月の小さな声で、夕璃ははっとした。


「なに」


「今、顔」


「なんでもない」


 反射でそう返した。


 でも、詩乃が横で静かにこっちを見ていた。


 わかる。


 見透かされてる感じがする。


 講義が終わったのは、一時間後だった。


 重い話を軽く締められる人は、たぶんこの学園にはいない。


 ざわつく教室の中、部隊ごとに立ち上がって移動が始まる。


 第七部隊も立ち上がる。


 そのタイミングで、藍虹隊の宵待澪那がこちらへ歩いてきた。


 嫌な予感しかしない。


「黒瀬さん、白峰さん」


 名指しだ。


「このあと、少し時間もらえる?」


「内容による」


 夕璃が即答すると、澪那は少しだけ目を細めた。


「合同再調査の事前確認」


「ほんとに?」


「半分くらいは」


「便利だな、それ」


 思わず言ったら、透子が後ろで少しだけ笑った。


 澪那は動じない。


「今夜、旧第十三市街の外縁再調査が入る」


 紅羽がすぐ反応する。


「今夜?」


「そう」


 澪那は紅羽へも視線を向けた。


「第六と第七。規模は小さい」


「聞いてない」


「今言ったから」


 その返しがずるい。


 しかも正しいから困る。


 夕璃は少しだけ眉を寄せる。


「なんで詩乃とわたしに先に言う」


「反応の相性がいいから」


 綺麗に最悪なことを言うな、この人。


「黒瀬さんは波形の件。白峰さんは、旧第十三市街で妙に落ち着くから」


 詩乃の指先がほんの少しだけ止まった。


「見てたんだ」


「見てるよ」


 澪那は静かに言う。


「見えてしまう人は、見てないと危ないから」


 その言葉は、親切みたいな顔をしているくせに、かなり嫌だった。


「断れる?」


 夕璃が聞く。


「断れると思う?」


 澪那が聞き返す。


「思わない」


「なら、そういうこと」


 きれいに逃げ道がない。


 紅羽が一歩前へ出る。


「第七部隊に関する話なら、私も聞く」


「もちろん」


 澪那はあっさりうなずいた。


「一条さんも来て。九条さんと皇さんは今回は待機で」


「また!?」


 琥珀が声を上げる。


「なんで!?」


「機密寄りだから」


 透子が横から言った。


「大人数で動く話じゃないの」


「やだー」


「九条」


 紅羽が低く言う。


 琥珀はふくれた顔のまま黙った。


 その反応を見て、紫月がそっと言う。


「じゃあ、終わったらちゃんと話してね」


「たぶん重いやつだよ」


 夕璃が言う。


「それでも」


 紫月は小さく笑う。


「知らないまま待つ方がやだし」


 それはたしかにそうだ。


 澪那は最後に詩乃を見る。


「今夜までに、ちゃんと休んでおいて」


 詩乃はにこっと笑った。


「善処します」


「それ、しない返事だよね」


 透子がさらっと言う。


「するかもしれないよ」


「しない顔してる」


「透子さん、失礼だなあ」


 でも、そのやり取りの奥で、夕璃は詩乃の目が少しだけ乾いているのを見ていた。


 講義中から、詩乃は静かだった。


 静かすぎるくらいに。


 教室を出る。


 廊下へ出た瞬間、青虹隊の列の中から雫がこっちへ来た。


 まっすぐ。


「黒瀬」


「なに」


「さっきの映像、見たでしょ」


 いきなり核心を刺してくるな。


 夕璃は一瞬だけ止まる。


「どれ」


「誤魔化さないで」


 雫の声は低い。怒ってるわけじゃない。でも、かなり真面目な顔だ。


「あの地下通路の記録。見た瞬間に反応してた」


 見られてた。最悪。


「……人影がいた」


 夕璃は小さく言う。


「女のやつに似てた」


 雫の目がわずかに細くなる。


「やっぱり」


「やっぱりって何」


「こっちでも引っかかってた」


 雫は端末を軽く持ち上げる。


「人影が映ってるフレームだけ、ノイズの乗り方が変だった。機器側の異常かと思ってたけど」


「そうじゃなさそう?」


「あなたの反応見る限りは」


 言い方が完全に検査対象だな、と思う。


「感じわる」


「今はそっち優先しないで」


 雫は一歩近づいて、声を落とした。


「今夜、第六と行くんでしょ」


「聞いてたのか」


「見ればわかる」


 その言い方、どこかで聞いたなと思う。


「行くなら、絶対に単独で動かないで」


「藍沢副隊長に命令される筋合いある?」


「あるかも」


「強いな」


「強く言わないと聞かないでしょ」


 それは否定しにくい。


 雫は少しだけ視線を伏せて、それからまた夕璃を見る。


「黒瀬」


「なに」


「次に波形が大きく乱れたら、ほんとに止めるから」


 前にも似たようなことを言われた。


 でも今日は、言い方が少し違う。


 ただの警告じゃない。覚悟を決めた側の言葉だ。


 夕璃は少しだけ笑いそうになった。


「怖」


「怖がって」


「やだね」


「知ってる」


 短い会話。


 でも、その短さの中に昔からの空気が少しだけ混ざる。


 雫はそれ以上言わずに戻っていった。


 夕璃はその背中を見送って、壁にもたれそうになるのをこらえる。


 疲れるな、と思う。


 講義も、旧第十三市街も、雫も、全部。


「夕璃ちゃん」


 詩乃が横へ来た。


「なに」


「今夜の件、ちょっとやだね」


 その言い方は軽い。


 でも中身は軽くなかった。


「珍しく普通の感想」


「失礼だなあ」


 詩乃はやわらかく笑う。


 でも、その笑い方が少しだけ薄い。


「旧第十三市街、やっぱり落ち着く?」


 夕璃が聞くと、詩乃は少しだけ黙った。


「……落ち着く、って言うと変かな」


「じゃあ何」


「音が合う感じ」


 その表現は、かなり嫌だった。


「自分の中の変なところと、あの街の変なところが、ちょっとだけ噛み合う」


 詩乃は廊下の窓の外を見る。


「たぶん、そういう感じ」


 夕璃は何も言えなかった。


 ここで否定しても薄い。大丈夫だよって言うほど、軽い話でもない。


 だから、代わりに言う。


「今夜、勝手に先行くなよ」


 詩乃は一瞬だけ目を丸くして、それから少しだけ笑った。


「それ、心配してる?」


「隊長だからな」


「便利な言い方」


「最近みんなそれ言うな」


 詩乃は少しだけ肩をすくめた。


「じゃあ、約束はしないけど、できるだけがんばる」


「約束しろよ」


「難しいこと言うなあ」


 そう言いながら、詩乃は先に歩き出す。


 その後ろ姿を見ながら、夕璃は少しだけ嫌な予感が濃くなるのを感じていた。


 静かなやつほど、怖いことをさらっと言う。


 それはたぶん、詩乃にも当てはまる。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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