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終わりの世界で輝く・・・彼女たちの残滓  作者: きなこもち
第2章

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「だるい朝もある」



 紫棟の朝は、いつもより少しだけ静かだった。


 少しだけ、だ。


 完全に静かなわけじゃない。そんな奇跡みたいな朝がこの棟に来るなら、たぶん世界の方が先に終わる。


 でも、少なくとも今日は、朝っぱらから琥珀の声で叩き起こされることはなかった。


 夕璃はそのことに、目が覚めてから五秒くらいして気づいた。


「……めずらし」


 枕元の端末を見る。


 七時二分。


 寝坊ではない。けど、気持ちの上ではもう少し寝ていたかった。正式稼働が始まってから、変な疲れが抜けにくい。体の疲れじゃなくて、頭のどこかに薄く残るやつ。


 夢は見た気がする。


 でも内容は残っていない。


 それだけで少しだけ気分がましだった。


 制服を引っかけて部屋を出る。廊下は冷たい。窓の外は明るいのに、紫棟の中は相変わらず少しだけ薄暗い。


 共有スペースの方へ歩いていくと、先にいたのは紫月だった。


 ソファに座って、マグカップを両手で持っている。白い湯気が上がっていて、やたら平和な絵だった。


「あ、おはよう」


「おはよう」


 夕璃は少しだけ目を細める。


「もう起きてたんだ」


「うん。なんか、目が覚めちゃって」


「昨日、早く寝かされてたしな」


「それもあるかも」


 紫月はそう言って笑った。


 昨日の負荷はまだ抜けきっていないはずだけど、顔色はだいぶ戻っている。よかった、と素直に思う。こういうの、あんまり顔には出ないけど。


「夕璃ちゃんも飲む?」


 マグカップの横に置かれた保温ポットを示される。


「なにそれ」


「ただのあったかいやつ」


「雑」


「でも朝はそのくらいでよくない?」


 たしかに。


 夕璃はうなずいて、紫月の向かいに座った。


 カップに注がれたのは、紅茶でもコーヒーでもない、よくわからない薬草茶みたいなやつだった。色がちょっとだけ不穏だ。


「……飲める?」


「その反応ひどくない?」


「見た目が」


「見た目で判断しない」


「よく言う」


 紫月が少しだけ笑う。


 夕璃は観念してひと口飲んだ。


「どう?」


「……思ったよりは」


「よかった」


 思ったよりは、であって、おいしいとは言ってないんだけど、まあいいか。


 そこへ、ばたんと扉が開いた。


「おはよー……」


 琥珀だった。


 髪はいつも通りちょっと跳ねてるし、片手にはパンをくわえてるし、相変わらず朝の作法が雑だ。


「行儀」


 夕璃が言う。


「朝から細かっ」


 パンをくわえたまま言うな。


「ていうかさー、最近なんか視線多くない?」


 琥珀はソファの背にぐでっと寄りかかって、いきなりそんなことを言った。


「視線?」


 紫月が首をかしげる。


「そう! なんか食堂でも廊下でも、ちょいちょい見られるんだけど」


「お前がうるさいからじゃないか」


 夕璃が即答すると、琥珀がむっとした。


「ひどくない!?」


「でも半分くらいはそれだと思う」


 紫月までやんわり乗る。


「紫月先輩まで!」


 そこへもう一人。


「残り半分は、ちょっと有名になったからじゃない?」


 詩乃だった。


 眠そうでもない、いつも通りの顔。ふわっと笑って、でも目だけはやたら起きてる。夜の封鎖区画で笑いかけたのは、やっぱり見間違いじゃなかったなと、夕璃はふと思う。


「有名って、やな言い方」


 琥珀が言う。


「実際そうだろ」


 夕璃が返す。


「旧第十三市街で勝った第七部隊、で」


「“でも危ない”が後ろにつくやつね」


 詩乃がさらっと足した。


 紫月が少し困ったみたいに笑う。


「否定しにくいのがやだなあ」


「だって否定できないし」


 夕璃はカップを持ち上げる。


 正直、第七部隊への視線は前よりはっきりしていた。


 強い、らしい。危ない、らしい。変、らしい。


 らしい、ばっかりだなと思う。でも実際、そのどれも外してはいない。


 食堂で席が少し空くようになったのも、廊下で会話が一瞬止まるようになったのも、全部わかっていた。


 気にしてないふりはできる。


 でも、気づかないほど鈍くもない。


「まあ、勝ったからね」


 紅羽が共有スペースに入ってきながら言った。


 制服はきっちり。髪も整ってる。朝から隙がない。ほんとにこの人はそういうとこちゃんとしてる。


 そしてそういう人は、だいたい今の会話の続きをちゃんと重くする。


「勝ったから見られる。それだけだ」


「紅羽先輩、言い方が体育会系」


 琥珀が言う。


「違うのか」


「違わないけど!」


 紅羽はため息をついた。


「浮かれるな、という話だ」


「浮かれてないし」


「お前は少し浮かれている」


「えー」


「えー、ではない」


 そのやり取りを見ながら、夕璃はまた少しだけカップに口をつけた。


 紫月のよくわからないあったかい飲み物は、飲んでるうちにちょっとだけ落ち着く。味はまだよくわからないけど。


「夕璃ちゃん」


 詩乃が不意にこっちを見る。


「なに」


「また見た?」


 唐突だった。


 でも意味はわかる。


 夕璃は少しだけ視線をそらす。


「……ちょっとだけ」


「女の人のやつ?」


「たぶん」


 紅羽の空気が少しだけ変わる。


 琥珀もパンを持つ手を止めた。


 紫月は何も言わない。ただ、夕璃の顔を見る。


「いつ」


 紅羽が聞く。


「昨日の帰り。あと、D区画でも」


「早く言え」


「言っただろ。帰ってから」


「“ちょっと変だった”程度にしか聞いていない」


「詳細まで言う余裕なかったし」


「今言え」


 紅羽の詰め方がまっすぐすぎる。


 でも、そこに敵意がないのはわかる。むしろ逆だ。気にしてるからこそ強くなる。


 夕璃は少しだけ息を吐く。


「姿はぼやけてる。女の人。顔は見えない。たまに何かの位置を教えてくる」


「怖……」


 琥珀が小さく言う。


 たしかに。


「声は」


 紫月が聞いた。


「昨日は“また遅い”。前は“今度は落とすな”に近いの」


 共有スペースに少しだけ沈黙が落ちた。


 軽口を挟むには、ちょっと情報が濃い。


 詩乃だけが、どこか遠い顔で夕璃を見ていた。


「詩乃?」


 紫月が呼ぶ。


 詩乃ははっとしたみたいに瞬きをして、すぐに笑う。


「ん。なに?」


「……大丈夫?」


「大丈夫だよ」


 その返しは早かった。


 でも夕璃は、プロローグでの出来事を知っている体で今後書くので、ここで少し違和感を置ける。


「お前も顔、ちょっと変だぞ」


 夕璃が言うと、詩乃は一瞬だけ目を丸くした。


「え、ほんと?」


「ほんと」


「ひどいなあ、朝から」


「お互いさまだろ」


 そのやり取りで空気は少しだけ戻った。


 でも完全には戻らない。


 見えないものの話は、やっぱり朝の共有スペースには向いていない。


 そのとき、夕璃の端末が鳴った。


 短い通知音。


 全員の端末がほぼ同時に鳴る。


「うわ、やな感じ」


 琥珀が言う。


 開く。


 画面の文字は簡潔だった。


【第七部隊、本日一〇〇〇、中央講義棟第一教室】


【旧第十三市街関連・追補戦術講義】


「講義か」


 紅羽がつぶやく。


「いやなタイトル」


 琥珀が顔をしかめる。


「旧第十三市街関連って書かれると、もうその時点で気が重い」


「わかる」


 夕璃も言う。


 紫月は少しだけ考えるようにしてから口を開いた。


「雫さんたちも来るのかな」


「来そう」


 詩乃が言う。


「青と藍はたぶん確実」


「朝から会いたくないなあ」


 夕璃が本音を言うと、琥珀がぶんぶんうなずいた。


「第六の人たち、静かすぎて逆に疲れるもん」


「わかる」


「あと青は青でこわい」


「それもわかる」


 紫月がくすっと笑った。


「じゃあ今日は、午前中その講義だけかな」


「たぶんそうだろう」


 紅羽が言う。


「昨日の余波もある。いきなり実戦にはしないはずだ」


「ほんとに?」


 琥珀が聞く。


「たぶん」


「たぶんかあ」


「でも、それで終わる気はしない」


 夕璃が言うと、紅羽も黙ってうなずいた。


 全員そう思っていた。


 何かが動いたあとの静けさは、だいたい次の不穏の手前だ。


 特に旧第十三市街が絡むなら、なおさら。


「……やだなあ」


 琥珀がまた言った。


「最近ほんと、その感想多いね」


 詩乃がやわらかく笑う。


「だってやなんだもん」


「正直でいいんじゃない?」


 紫月が言う。


「やだって思ったまま行ける方が、たぶんちゃんとしてるよ」


 その言い方が紫月らしかった。


 強がれとは言わない。怖くないふりもしなくていい。でも行く。


 たぶん、それが今の第七部隊にちょうどいい。


 夕璃はカップの残りを飲み切って立ち上がる。


「じゃ、準備するか」


「まだだいぶ時間あるけど」


 琥珀が言う。


「あるけど、今日はだらだらしてると余計だるくなる」


「それはちょっとわかる」


 紅羽がうなずいた。


 詩乃も立つ。


 紫月はカップを片付けながら、小さく笑う。


「じゃあ、ちゃんと朝ごはん食べようね」


「出た」


 夕璃が言う。


「朝の紫月先輩のそれ、地味に断れないんだよなあ」


「いいことじゃん」


「よくない、ちょっと強い」


「褒めてる?」


「半分くらいは」


「便利だね、それ」


 少しだけ、いつもの空気が戻る。


 でも、完全には戻りきらない。


 共有スペースを出る直前、夕璃はふと廊下の窓に目をやった。


 ガラスに朝の光が映っている。


 その向こう側に、ほんの一瞬だけ、長い髪の女の影が立っている気がした。


「……」


 見間違いかと思って、目を細める。


 次の瞬間にはもう何もなかった。


「夕璃ちゃん?」


 紫月の声。


「いや」


 夕璃はすぐに視線を切る。


「なんでもない」


 そう返したけど、胸の奥には小さなざらつきが残ったままだった。


 そしてそのざらつきは、たぶん今日一日、消えない気がした。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

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