第9話 向いてると思うので
読んでいただきありがとうございます。
数ヶ月後。
また工場長に呼び出された。
事務所へ向かいながら、私は妙に冷静だった。
もしクビなら、それでもいい。
そんなことを考えていた。
この頃にはもう、かなり疲れていた。
黒岩と酒井の件。
何度説明しても何も変わらない現実。
相談しても流されるだけの日々。
心のどこかで、終わるならそれでもいいと思っていた。
この話は仲の良い先輩にもしていた。
すると先輩は苦笑しながら言った。
「クビはないよ。組合あるし、簡単にはできないから」
半分は安心した。
半分は、残念だった。
クビなら、もうここへ来なくて済む。
だが同時に、先輩を1人残すことに後ろめたさもあった。
複雑な気持ちのまま、事務所へ入る。
工場長が椅子を指した。
「座ってください」
私は腰を下ろした。
どうせまた、黒岩か酒井の話だろう。
もう軽くどうでもよくなっていた。
「またあの話ですか?」
「今回はその話じゃなくて」
その言葉に少しだけ意外さを覚えた。
工場長は続けた。
「4月から、パートさん対応に移動してほしい」
私は一瞬、言葉を失った。
「……え? 私がですか?」
頭が追いつかなかった。
パート対応。
今まで酒井がやっていた仕事だ。
「私、パートの仕事知らないですよ。先輩たちの方がわかってますよね?」
工場長は頷いた。
「それはそうなんですが」
そして、何の迷いもなく言った。
「私は神谷さんが向いてると思うので、ぜひやってもらいたい」
私は眉をひそめた。
「向いてるって、何をもってですか?」
工場長は淡々と答えた。
「私がそう思ったので」
あまりに曖昧な返答だった。
理由になっていない。
私はさらに聞いた。
「その異動、断れるんですよね?」
「いえ。これは会社からの異動指令なので、断れません」
逃げ道はなかった。
私は別の角度から尋ねた。
「私は二等級ですよね。今やってる酒井は三等級ですよね。給料は上がるんですか?」
工場長は即答した。
「上がりません」
思わず聞き返した。
「え? 同じ仕事をした場合同じ給料を支払う労働法ありますよね?」
「あります」
そこまでは認めた。
だが、続く言葉はやはり曖昧だった。
「うちは等級で仕事を決めてないので、当てはまりません」
私は呆れながら言った。
「じゃあ、三等級や四等級の人がやらずに、二等級の私がいろんな仕事をしてるこの状況、おかしいと思いませんか?」
工場長は少しだけ困った顔をした。
「仕事はさせます。等級では分けないので」
また曖昧だった。
結局、何も答えていない。
私は言った。
「納得いきません」
そして、もっと現実的な問題を口にした。
「そもそも、誰が私にパートの仕事を教えるんですか?」
「酒井です。引き継ぎはさせます。会社命令としてやらせます」
私は思わず苦笑した。
「……絶対しないと思いますけどね」
工場長は小さく言った。
「考えといてください」
私は頷いた。
だが、考える余地など最初からなかった。
四月まで、残り1ヶ月を切った。
引き継ぎは、なかった。
数日後。
再び工場長に呼ばれた。
「どうかな。やってもらえるかな?」
私はもう抵抗する気力もなかった。
「……はい。やります」
そして、最後に確認した。
「ところで、引き継ぎは?」
工場長はいつもの調子で答えた。
「ちゃんとやらせます」
私は黙って頷いた。
4月前日。
明日から私はパート対応になる。
引き継ぎは、なかった。
給料も変わらない。
私はただ、静かに思った。
心も身体も、もう限界だった。
ここから、イライラするはとには、かなりイライラしてくると思います、気を付けてください。




