第8話 まぁいいや
いつも読んでいただきありがとうございます。
黒岩との件から2日後。
私は工場長に呼び出された。
理由はわかっていた。
事務所へ入ると、工場長は椅子にもたれたまま言った。
「今回、どういうことかな」
私は黙って続きを待った。
「黒岩が来てさ。あんな態度取られたら仕事にならないって言ってるよ」
心の中で呆れた。
あのとき、あなた事務所にいましたよね。
黒岩が怒鳴った声も聞こえていたはずだ。
私は事情を説明した。
昨日、一番手前に置いていたドラムが、一番奥へ移されていたこと。
黒岩のパレットには1本しか載っておらず、十分な空きがあったこと。
時間がないと言いながら、四十分以上酒井と話していたこと。
順を追って、何度も説明した。
だが工場長の顔は曇ったままだった。
理解していない。
いや、理解しようとしていない。
何度目かの説明のあと、工場長はふいに言った。
「……まぁいいや」
私は言葉を失った。
まあいいや?
それだけ説明して、それで終わりなのか。
胸の奥で何かが冷えていくのを感じた。
もう話す気力が湧かなかった。
「……そうですか。それで、どうするんですか」
工場長は軽く咳払いをした。
「とりあえず、話し方には気をつけて」
「はい」
それはわかっている。
だが、話はそこで終わらなかった。
「あと、音も気をつけて」
「……音?」
「引き出し閉める音とか、物を置く音。怖いって言ってた」
私は思わず聞き返した。
「それなら酒井の方がよっぽどうるさいですよね。席も隣なんだから、私よりずっと」
工場長は困ったように言った。
「私もそう思うんだけどさ」
その言葉に、一瞬だけ希望を持ちかけた。
だが続いた言葉は、いつものものだった。
「黒岩が、神谷が怖い、うるさいって言ってる。話すのも怖いって」
私は静かに頷いた。
「……そうですか。わかりました」
その面談は、それで終わった。
終わったように見えた。
だが、一週間後。
再び呼び出された。
私は事務所へ入り、先に言った。
「今度は何ですか。黒岩とは一言も話してません。音も気をつけてました」
工場長は気まずそうに目を逸らした。
「それが……黒岩と酒井が、神谷をクビにしないと仕事できないって言い出して」
一瞬、耳を疑った。
「……は?」
頭の中が真っ白になった。
なぜ酒井まで出てくる。
普段まともに仕事もしない人間が。
私は思わず声を荒げた。
「クビにしないと仕事できない? 普段から仕事してないじゃないですか!」
工場長は両手を軽く上げた。
「私も困ってるんだよ。クビにしろって言われても、人が減ったら製造が厳しくなるし」
そこか。
私は呆れた。
私がどうだったかではなく、人員の数。
問題の本質など、最初から見ていない。
「……それで、どうするんですか」
工場長は曖昧に言った。
「とりあえず、こちらで話すから少し待って」
私は少し考えてから言った。
「その間、私は音を静かにして、酒井とも黒岩とも話さないようにします」
工場長は首を振った。
「それは違うと思う」
私は思わず笑いそうになった。
違う?
何が。
「だって、話すの怖いんですよね? 話さない方がいいですよね」
工場長は言葉を濁した。
「それはそうなんだけど……まあ、気をつけてもらって」
「……わかりました」
話は、いつもそこへ戻る。
具体策はない。
責任も曖昧。
ただ私だけが気をつける。
その後も酒井の嫌がらせは続いた。
通路を塞ぐ。
物をどかす。
仕事を押しつける。
私は少しずつ疲弊していった。
そんな中、水面下で酒井は動いていた。
会社中の人間に聞いて回っていたらしい。
神谷のことをどう思うか。
そしてその内容を、工場長へ報告していた。
私はそのとき、ようやく理解した。
これはもう、現場の小競り合いではない。
静かに進められる、排除だった。
イライラ大丈夫ですか?気を付けてください。




