第10話 女王様
いつも読んでいただきありがとうございます。気を付けてください。
パート対応へ配置転換されてから、最初に神谷が感じたのは、不安だった。
引き継ぎは、結局一切ない。
酒井から説明すると言われていたが、最後まで何もなかった。
ただ、当日の作業リストだけが机の上に置かれていた。
パートは5人。
婆が1人、爺が1人、女性2人、男性1人。
問題は、初日で既に見えていた。
――老害だ。
神谷は朝礼を開き、正直に頭を下げた。
「今日から担当になります神谷です。判らないことばかりなので、最初のうちは教えてください。よろしくお願いします」
最初くらいは、素直にいこうと思っていた。
しかし、その空気を壊したのは、婆だった。
婆は直接言わない。
わざわざ隣の女性パートに言わせた。
「ねぇ、婆が“人数書いてないから判らない”って言ってるよ。ちゃんと書いてって」
神谷の頭に、鈍い痛みが走る。
初日だ。
しかも朝礼で、判らないことばかりだから教えて欲しいと説明したばかりだった。
神谷は全員を見渡した。
「私が、この仕事を3人でやれって言えば、やるんですか?」
空気が止まる。
誰も答えない。
神谷は婆を見る。
「朝礼で言いましたよね?」
婆がゆっくり顔を上げる。
「私に言ってるんですか?」
「貴女が言ったんですよね? しかも直接じゃなくて、人に言わせて」
婆は即座に否定した。
「私は何もしてません。人数書いてくれないと判りません」
神谷は深く息を吐いた。
「判りました。一番下の仕事だけ、1人でお願いします」
すると女性パートが苦笑しながら小声で言う。
「ごめんね、婆は女王様だから。気に入らないことは一切やらないよ」
神谷は頭を抱えた。
なんなんだ、この会社。
なんでこんなパートを放置しているんだ。
しかも初日からこれだ。
先が思いやられる。
翌日。
その日は婆の問題行動はなかった。
少し安心しかけた時、夕方、工場長が慌てた様子で現場へ走ってきた。
「これ何でやってないの?」
突然言われ、神谷は目を瞬かせる。
「これ……この仕事、何ですか?」
工場長が怪訝そうな顔をする。
「神谷さんがやる仕事です。何でやってないの?」
神谷は呆然とした。
「えっと……知らないですが、私がやるんですか?」
「そうです! やってください!」
神谷の頭の中で、何かが切れそうになる。
引き継ぎは一切ない。
説明もない。
それなのに、やってない理由を責められる。
「……あの、引き継ぎもないのに、“これは貴方の仕事です”って言われても、言われなきゃ判りませんよね?」
工場長は神谷の言葉を理解していないようだった。
「とりあえず、すぐやってください!」
「……はい……」
神谷は唖然としたまま仕事へ向かった。
本当に意味が判らない。
いや、判っていた。
悪いのは、引き継ぎをさせなかった工場長だ。
だが、この会社では、それを口にしても意味がない。
仕事を終えた後、さらに嫌な事実を知る。
婆は、酒井の知り合いだった。
酒井が会社へ頼み込み、入社したらしい。
そして神谷がパート担当になってから、婆は毎日酒井と30分以上話し込んでいた。
その光景を見た瞬間、神谷は悟った。
配置転換は、地獄の終わりではなかった。
新しい地獄の入口だった。
イライラ、これからも強くなりますよ。




