第6話 運ばれないパレット
いつも読んでいただきありがとうございます。
リアルな会社です、もしかすると貴方の会社かもしれませんよ。
工場長との件があってから、しばらくのあいだ彼は少し大人しくなった。
だが、現場の空気は何も変わらなかった。
先輩社員たちは相変わらずだった。
その日、私と2人の先輩調合作業、他の人3人で荷受けを担当することになっていた。
本来なら、1人でも十分こなせる仕事だ。
3人も必要ない。
1人の先輩はそう判断し、翌日の準備や雑用を先に片づけていた。
残りの2人。
この組み合わせが厄介だった。
1人は先輩社員だったが、調合以外ほとんど何もできない。
気も利かない。
常に自分のことしか考えていない。酒井
もう1人は、どんな仕事でも定時まで引き延ばす。
知っていることでも
「聞いてない」
「教わってない」
「忘れた」
そう言って逃げる。黒岩
なぜか、この2人はいつも組んでいた。
気が合うのだろう。
その日はパート社員の雑用も任されていた。
他の社員が調合を進めている最中、ふと現場を見ると、1人のパート社員が作業場で仁王立ちしていた。
嫌な予感がした。
私は駆け寄った。
「どうしました?」
パート社員は困った顔で言った。
「フォークリフト乗れないので……パレットをどかしてもらわないと作業できません」
充填作業のスペースには、完成品を載せたパレットが積み上がっていた。
もう置く場所がない。
私はすぐにフォークリフトを動かし、パレットを移動させた。
これで作業が再開できる。
そう思った。
だが、2人は来ない。
次のパレットができる。
来ない。
また私が運ぶ。
それでも来ない。
そのときだった。
胸の奥で、何かが切れた。
私は2人のもとへ歩いていった。
案の定、2人は話し込んでいた。
私は思わず怒鳴っていた。
「話してないで、パレット運べよ! ふざけるな!」
現場が静まり返る。
自分でも、言い過ぎたと思った。
だが、止まらなかった。
周囲の何人かは、私の方を見て小さく頷いていた。
正しいのはお前だ。
そう言いたげだった。
だが、仲の良い先輩だけが静かに言った。
「……気をつけてください」
その意味は、よくわかっていた。
案の定だった。
休憩後。
雨が降り始め、外に置いてあった入庫原料を片づけようとしていると、酒井が近づいてきた。
「やんなくていいよ」
私は耳を疑った。
「……は?」
雨に濡れれば原料が傷む。
放置できるはずがない。
「やんなくていいよ」
繰り返される。
酒井は顔をしかめた。
「さっきのはなんなんだよ」
「話して動かなかったでしょ」
「パートが呼びに来ないからだろ。頼まれたのかよ」
「頼まれてません」
「じゃあ、やんなくていいよ」
私は言葉を選びながら問い返した。
「やらなかったら、洗浄が遅れますよ」
「いいんだよ」
「そのせいで、その人が残業になりますよ」
「関係ねぇよ。残業すればいいんだよ」
一瞬、空気が凍った。
私は確認するように聞いた。
「……本気で言ってますか?」
「あぁ?」
「本気で言ってるんですか?」
少し間が空いた。
酒井の表情が揺れた。
何かを察したようだった。
私はさらに言った。
「仕事が増えても、残業が増えても、それでいいってことですね?」
沈黙。
そしてようやく、酒井は視線を逸らした。
「……わかったよ。でも言葉遣いは気をつけろよ」
私は小さく頭を下げた。
「はい。すみませんでした」
酒井は言った。
「人数少ないんだから、そういう言い方はよくない」
「わかりました」
その場は、それで終わった。
ことなきを得たように見えた。
だが、しばらくして工場長に呼ばれた。
先輩が工場長に泣きついたのだ。
しかし事情を説明すると、珍しく工場長は言った。
「それは酒井が悪いな。こっちから言っておく」
拍子抜けするほどあっさりしていた。
だが続けて、私にも注意した。
「ただ、言葉遣いは気をつけて」
私は黙って頷いた。
わかっていた。
ずっと気をつけてきた。
それでも、限界はある。
丁寧に言えば伝わる相手なら、いくらでも丁寧に言う。
だが、変わらないとわかっている相手に、何度も同じことを繰り返すうちに、言葉は少しずつ荒れていく。
それは未熟さなのかもしれない。
器の小ささなのかもしれない。
それでも私は思っていた。
許せないことは、ある。
黙って飲み込むだけでは、守れないものもあるのだと
読んでいただきありがとうございます。
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