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出口のない手順書  作者: アル治


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4/19

第4話  数を数えて書くだけ

いつも読んでいただきありがとうございます。

苛立ち等は大丈夫でしょうか?


佐伯が休業に入った翌日。

朝礼が終わるとすぐ、工場長に呼ばれた。

「佐伯が休んでるから、今日から佐伯の仕事全部やって」

私は思わず聞き返した。

「全部、ですか?」

佐伯は20年以上この工場で働いているベテラン社員だ。

その仕事を、入社して数か月の私が。

「お願いします」

工場長はそれだけ言った。

断れる空気ではなかった。

「……わかりました」

それからの日々は、特に何かが変わるわけでもなかった。

知らない調合が来る。

聞く。

教えてもらえることもあれば、教えてもらえないこともある。

ただ、それを繰り返すだけだった。

そして月末。

仕事の割り振りが終わっても、私には何も回ってこなかった。

不思議に思っていると、1人の先輩が分厚いファイルを私の机に置いた。

「何ですか?」

「棚卸し」

嫌な予感がした。

「……私がやるんですか?」

「佐伯の仕事だから」

「1人で?」

「佐伯の仕事だったから」

会話になっていなかった。

私はもう一度聞いた。

「この会社の棚卸しって、どうやるんですか?」

先輩は少し考えたあと、平然と答えた。

「数、数えて書く」

知ってるわ。

心の中で叫んだ。

そういう意味ではない。

ルールは何か。

どこまで数えるのか。

確認方法はあるのか。

そういうことを聞いている。

だが先輩は首を傾げた。

「知らない。佐伯がやってたから」

私は工場長のところへ向かった。

「棚卸しのルールを教えてください」

すると工場長は当然のように言った。

「数、数えて書くだけ」

頭が痛くなった。

「そうじゃなくて、決まりごととか、確認方法とか……」

「ないです。数えて書くだけだから、できるでしょ?」

「できますけど、原料がどこにあるとか、一覧とかは」

「ないです」

「……え?」

「みんな覚えてるので」

私は言葉を失った。

「私はわかりません」

すると工場長は、少しだけ面倒そうに言った。

「聞けばいいじゃないですか」

私は何も言わず、その場を離れた。

結局、1人で棚卸しを始めた。

自分が関わった原料はわかる。

だが、それ以外はどこに何があるのかもわからない。

工場内を歩き回り、教えてくれる先輩に仕事の合間を縫って少しずつ教えてもらいながら、なんとか数を埋めていく。

半分ほど終えたころには、定時が近づいていた。

事務所へ戻ると、工場長が聞いた。

「終わった?」

「いえ、まだです」

すると工場長はあっさり言った。

「明日もあるから、明日やって」

私は固まった。

「……明日もあるんですか?」

「棚卸しは2日間でやりますから」

聞いてない。

なんで説明しないんだ、この人は。

「……わかりました」

その月の棚卸しは、なんとか終えた。

だが私は改めて確信した。

この会社は、おかしい。

説明されない。

共有されない。

なのに、知っていて当然だとされる。

それが、この場所の当たり前だった。

そして翌月。

私はさらに、その異常さを思い知ることになる。

高卒で入社したばかりの後輩に、仕事を教えることになった。

調合作業の最中、臭いの強い原料を扱っていたときだった。

後輩が何気なく言った。

「神谷さん、臭いです」

私は手を止めた。

悪気がないのはわかる。

だが、その言い方はまずい。

「その言い方はよくないよ。ハラスメントになる」

後輩はきょとんとしていた。

そこへ、いつも教えてくれる先輩が来た。

事情を説明すると、先輩は笑いながら言った。

「それは新人が悪いな。言い方変えないと、神谷が臭いみたいになるだろ」

3人で軽く笑った。

それで終わるはずだった。

そこへ工場長が現れた。

「どうしたんですか?」

先輩が説明する。

すると工場長は、即座に言った。

「あってるじゃん」

私は聞き返した。

「……え?」

先輩がもう一度説明する。

私は言った。

「そういう言い方はハラスメントですよ」

だが工場長は平然としていた。

「だから、あってるじゃん」

後輩が驚いた顔で私を見る。

私も言葉を失った。

もう、何を言っても無駄だった。

私は工場長を無視して仕事に戻った。

夕方。

後輩にちょっとした豆知識を教えていると、また工場長が現れた。

そして私の話に被せるように、さらに詳しい知識を語り始めた。

まるで、私が間違っていると示したいかのように。

その顔には、得意げな色が浮かんでいた。

私は何も言わなかった。

関わる気力がなかった。

仕事を終え、事務所へ戻る。

唯一、心を許せる先輩に今日のことを話した。

先輩は顔をしかめ、一緒に怒ってくれた。

そして静かに言った。

「……ここに連絡した方がいい」

そう言って、一通のメールを送ってきた。

そこには、社内相談窓口のURLが貼られていた。

初めてだった。

この会社の外側に、何か別の道があるように思えたのは。

今後も、気分が悪くなる場合はすぐに読むのやめてください。よろしくお願い致します。

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