第3話 自己愛性の防衛機制
いつも読んでいただきありがとうございます。
今回は微妙な気持ちになると思います。
しばらく、一人での調合作業が続いていた。
ある朝、上長が私に言った。
「人が余ったから、今日は先生をつける」
そうして紹介されたのが、佐伯だった。
関わるのは初めてだったが、名前は知っていた。
現場では、性格が悪いことで有名だった。
以前、私が佐伯の使う資材を準備したことがある。
そのとき、私は数量を一つ多く用意してしまった。
それだけのことだった。
だが佐伯は不機嫌そうに顔をしかめ、
「だから液が足りなくなったんだよ」
と言った。
100ケース作れるはずだった製品が97ケースしかできなかった理由が、資材を一つ多く用意したせいだと言う。
意味がわからなかった。
だが、その場では何も言えなかった。
そんな相手だった。
「よろしくお願いします」
私が頭を下げると、佐伯は私を一瞥した。
「一人でできるよね?」
「……はい」
前にも担当した調合だった。
手順は頭に入っている。
問題はないはずだった。
だが、作業が始まると、佐伯は何も言わず勝手に調合を始めた。
説明もない。
注意点もない。
私が原料を運び、準備をしている横で、黙々と工程を進めていく。
「その原料終わったから片付けて」
「はい」
私は言われた通り雑用をこなした。
今日は補助に徹するだけらしい。
そう思っていた。
しばらくして、不意に佐伯が言った。
「液、漏れてるよ」
思わず振り返る。
「……は?」
装置の側面から、薬液が細く垂れていた。
佐伯は落ち着いた声で言う。
「早く止めないと。調合途中だから、上に報告した方がいいよ」
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
私は、その調合に一切触れていない。
原料を運び、片付けをしていただけだ。
なのに、なぜ私が報告する話になるのか。
「私は調合やってませんよ」
そう言うと、佐伯は眉ひとつ動かさず返した。
「でも漏れてるし。どれだけ漏洩したかわからないから、報告した方がいいでしょ」
その瞬間、胸の奥で何かが切れた。
「だから、私は作ってませんよね?」
思っていたより強い声が出た。
佐伯がわずかに目を細める。
私は続けた。
「自分でやったんだから、自分で報告してください」
現場の空気が、一瞬止まった気がした。
佐伯は何かぶつぶつ言いながら、その場を離れていった。
しばらくして上長がやってきた。
佐伯が事情を説明している。
その会話の中に、私の名前が混じるのが聞こえた。
まただ。
また、私のせいにされる。
そう思った瞬間、私は二人の間に割って入った。
「私は一切調合してませんから」
二人がこちらを見る。
「準備と片付けしかしてません」
上長は無言だった。
佐伯は小さく何かを呟いていたが、聞き取れなかった。
私はそれだけ言うと、その場を離れて雑用に戻った。
しばらくして、佐伯が一人で作り直しているのが見えた。
結局、どういう話になったのかは知らない。
誰も何も説明しなかった。
翌日。
佐伯は休んでいた。
そのまま長期休養に入ったと聞かされた。
鬱らしい、と誰かが言っていた。
私は何も言わなかった。
ただ、現場に立ちながら思った。
この会社では、理不尽に耐え続けることが求められる。
だが、たった一度それを拒んだだけで、何かが壊れることもある。
壊れていたのは、最初から誰だったのだろう。
いつも読んでいただきありがとうございます。
読んでイライラしてませんか?ご自身の体調優先でお読みください。




