第2話 八方塞がり
読んでいただきありがとうございます。
気分は大丈夫でしょうか?無理をなさらずに。
それから一週間後。
私は一人で調合を任されるようになっていた。
もちろん、誰かが側についてくれることはない。
わからないところだけを聞き、その短い返答を頼りに作業を進める。
聞けば教えてくれる人はいる。
聞いても教えてくれない人の方が多い。
手順は言葉だけで伝えられ、私はその断片を繋ぎ合わせながら作業するしかなかった。
見て覚えたこと。
以前に聞いたこと。
自分の経験。
それらを頼りに、私はなんとか調合をこなしていた。
だが、そのやり方さえ気に入らなかったのかもしれない。
その日、厄介な調合が回ってきた。
ベテラン社員でも担当する機会の少ない製造だった。
なぜそれが、入社して間もない私に回されたのかはわからない。
私はいつものように、教えてくれる先輩のもとへ向かった。
「この調合なんですが――」
言いかけた瞬間、横から別の先輩の声が飛んできた。
「人に聞かないで、自分で調べて調合しなよ」
思わず言葉を飲み込む。
胸の奥が熱くなるのを感じた。
だが、反論はできなかった。
教えてくれるはずだった先輩も、その言葉を聞くと黙り込んでしまった。
私は何も言わず、その場を離れた。
ならば調べよう。
そう思って、調合手順書の綴じられた書類棚へ向かう。
目的のファイルを探していると、事務員が声をかけてきた。
「何探してるの?」
事情を説明すると、事務員はあっさりと言った。
「入社して三年経たないと、その書類は見せられないよ。社則だから」
私は耳を疑った。
「……じゃあ、どうやって作ればいいんですか?」
事務員は少し面倒そうに肩をすくめた。
「聞けばいいじゃない」
私は言葉を失った。
さっき、人に聞くなと言われたばかりだった。
そのことを説明すると、事務員は小さくため息をつき、気だるそうに言った。
「じゃあ品質管理の人に見てもらって作れば?」
たらい回しだった。
私は品質管理室へ向かった。
数回しか話したことのない担当者に事情を話すと、その人は意外にもあっさり頷いた。
「いいよ。一緒に確認しよう」
ようやく話が通じた気がした。
品質管理担当は書類を開き、手順を読み上げてくれた。
私は指示をメモしながら、慎重に準備を進める。
だが、そこでまた問題が起きた。
製品ラベルの貼る位置が、どこにも書かれていない。
品質管理担当と一緒に現場へ降り、周囲の社員へ確認して回った。
そのときだった。
背後から、あの先輩が苛立った足音を響かせながら近づいてきた。
「また? 書類に載ってるよ」
それしか言わない。
品質管理担当が書類を開き、該当箇所を示した。
「いえ、載っていません」
先輩は書類を覗き込み、眉をひそめた。
「……載ってたはずだけど」
だが、何度見ても載っていない。
しばらく無言で立ち尽くしたあと、先輩は何も言わず、その場を去った。
謝罪はなかった。
訂正もなかった。
その日、私はなんとか製造を終えた。
だが胸に残ったのは達成感ではなく、ただ一つの疑問だった。
この会社は、いったい何なんだ。
聞けと言われる。
聞けば怒られる。
調べろと言われる。
調べようとすれば、見る資格がないと言われる。
正解へ辿り着く道順は、最初から存在しない。
それでも間違えれば、責められる。
私はそのとき初めて思った。
この会社には手順書がある。
だがそれは、誰かを導くためのものではない。
迷わせるためにあるのではないか、と。
読んでいただきありがとうございます。
今後も読んでいただけるなら、無理をなさらずに。




