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限界集落の終活、配信します。  作者: ふふ太郎


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第7話 パパの家は、どっち?

『パパは、いつ帰ってくるの?』


 直人は灯の声を3回聞いた。


 返事を書いては消し、もう一度再生した。


『日曜日に帰る。遅くなってごめん』


 それだけ送ると、今度はすぐに返事が来た。


『待ってるね』


 東京へ戻る前に、直人はキヨの家へ行った。


「日曜日に東京へ戻るよ」


「そうか」


 キヨは、大根の葉を束ねていた手を止めなかった。


「父さんの映像も、家のことも途中だけど、

 来週からは出社に戻らないといけないから」


「灯ちゃんのところさ帰るんだべ」


「うん」


「なら、途中でも帰れ」


 キヨは束ねた大根の葉を、根元から包丁で切り落とした。


「山も家も、半月では大して変わらね。

 でも、子どもは見ねうちに変わるぞ」


 直人は、灯の声を思い出した。


「来週、また来るつもりだよ」


「来るなら先に連絡しろ。今度は、おれも出かけてるかもしれねから」


「どこへ?」


「テレビに出たんだ。忙しくなるべ」


 真顔で言ったあと、キヨは少し笑った。


 *


 日曜日の朝、実家を出ようとすると、

 玄関に野菜の入った段ボール箱が置かれていた。


 白菜、大根、里芋、長ねぎ。その隙間に、小さな菓子袋が1つ入っている。


 袋には、太い字で「灯ちゃん」と書かれていた。


 直人が持ち上げると、箱の底が抜けそうになった。


「電車で帰るって言ったのに」


 送り主を確かめる必要はなかった。


 駅までは黒木が車で送ってくれた。


「来週も来るんですか」


「そのつもり。会社と家族に相談してからだけど」


「テレビでは、二拠点生活も検討していないと言ってましたよね」


「1週間で人の考えは変わるんだよ」


「学校の維持費は、1週間では変わりませんけどね」


「分かってるよ」


 黒木は笑いもせず、駅前で直人の荷物を下ろした。


 別れ際、黒木が聞き取り資料を持ったか尋ねた。

 直人は、父のノートパソコンと資料を入れた鞄を持ち上げた。


「東京で全部読み直す。誰の映像を次に見るかも考える」


「あれは仕事の一覧ではありません」


「どういう意味?」


「上から順番に片づけないでください、という意味です」


 黒木はそれだけ言い、車へ戻った。


 *


 東京駅から自宅の最寄り駅へ着いたころには、外は暗くなっていた。


 野菜の入った重い段ボール箱を抱え、ようやく自宅の玄関までたどり着く。

 鍵を開けるより先に、内側から扉が開いた。


「パパ!」


 飛び出してきた灯を抱き止めると、灯はすぐに直人の袖を引いた。


「パパ、今度、公園行ける?」


「行こうか。どうした?」


「自転車、補助輪なしで乗れるようになったの」


「いつ?」


「3日前。お母さんと練習した」


「聞いてないぞ」


「帰ってきたら、目の前で見せようと思ったの」


 離れていた半月で、灯のできることが1つ増えていた。


 灯の後ろから、エプロンを着けた美咲が顔を出した。


「おかえり」


「ただいま」


 直人は野菜の箱を玄関へ下ろした。


 美咲も隣にしゃがみ、箱をのぞき込んだ。


「立派な白菜。これ、キヨさんが持たせてくれたの?」


「持たせたというより、玄関に置いていったんだ。電車で帰ると言ったのに」


「そういう人なんだね」


 美咲は笑い、大根に残った土を指で払った。


「明日は、この白菜とねぎで鍋にしよう。私からもお礼を言わないと」


「あっ、私の名前!」


 灯が、野菜の隙間から菓子袋を見つけた。

 中には、小さなチョコレートや飴がいくつも入っている。

 直人が子どものころ、回覧板を届けるたびにもらっていたものと同じだ。


「これ、キヨばあちゃんが私にくれたの?」


「そうみたいだな」


「やった。チョコ入ってる!」


 灯はさっそく袋を開けようとした。


「ご飯のあと」


 美咲に止められ、灯は菓子袋を胸に抱えた。


「じゃあ、早く食べよう」


 夕食は、美咲が先に作っていたカレーだった。


 灯はカレーを食べながら、釜野の話を次々に聞いた。


「キヨばあちゃん、テレビと同じしゃべり方?」


「同じだよ」


「きのこ、本当にすぐ見つけるの?」


「パパよりはな」


「パパ、アウトドアの人なのに?」


「山では、キヨばあの方が先輩なんだ」


 食事のあと、直人は父のノートパソコンを食卓へ置いた。


 美咲と灯に、まだ見せていない映像があった。


『直人』


 画面の中で父が名前を呼ぶと、灯が小さく息をのんだ。


 葬儀では動かず、目を閉じていた祖父が、

 画面の中では何度もカメラの位置を直している。


『お前の家は、もうここじゃない。

 美咲さんと、灯ちゃんがいるところがお前の家だ』


 灯は黙って最後まで見ていた。


『この村を、残そうとするな』


 映像が終わると、食卓に静けさが落ちた。


 灯は笑わなかった。


「じいじは、釜野がパパの家じゃないって言ってるの?」


「そうなのかもしれない」


「じゃあ、パパの家は、こっちと釜野、どっち?」


 直人は答えられなかった。


 以前なら、東京だと即答したはずだった。


 釜野へ帰ったのは、父を送り、土地と家を片づけるためだ。

 半年以内に整理のめどをつけ、東京での生活に落ち着く。

 それが最初に決めたことだった。


 だが今は、キヨや黒木の顔が浮かぶ。


 父の映像を待っている人もいる。


「灯は、どっちだと思う?」


「分かんない。お葬式のときのパパしか見てないから」


 その答えに、直人は何も言えなくなった。


「じゃあ、見に行こうか」


 美咲が言った。


「何を?」


「釜野にいるパパ。私も、葬儀のときは周りを見る余裕なんてなかったし」


「でも、灯の学校があるだろ」


「土曜日の朝に出て、日曜日の夕方に戻れば、月曜日の学校には影響ないよ」


「土曜は早起きになるぞ。美咲が起きられる?」


「そこは直人が起こして」


 胸を張って言うことではなかった。


 美咲は画面が暗くなったパソコンへ目を向けた。


「お義父さんは、釜野を捨てろと言ったんじゃないと思う」


「じゃあ、どういう意味だと思う?」


「私たちを置いていくな、じゃない?」


 直人は父の言葉を思い返した。


 美咲さんと、灯ちゃんがいるところがお前の家だ。


「釜野のことを考えるなとは言ってない。

 でも、長男だからって、また1人で全部決めるなって言ってる気がする」


「また?」


「仕事も、灯のことも、家のことも、できるからって1人でやるでしょ」


「やらないと終わらないからだよ」


「そういうところ」


 美咲は笑った。


「釜野を残すか、手放すか。

 どちらにしても、私と灯の暮らしにも関係する。

 だから、3人で見てから考えよう」


 灯が大きくうなずいた。


「きのこ採りもしたい」


「時期が終わる前にな」


 直人はようやく、次の週末を3人分の予定として考えた。


 *


 月曜日、久しぶりに会社へ出勤した。


 葬儀後の休暇が明けてからは、上司の了承を得てリモートで働いていた。

 会議も契約書の確認も、釜野の実家で続けていた。


 自分の席へ戻っても、釜野のことを尋ねる人はいなかった。


 県内では夕方に放送され、公式動画は100万回再生された。

 それでも東京の職場にとっては、知らない地方の、知らない老人の話だった。


 直人は少しだけ肩の力を抜き、午前中の仕事を始めた。


 昼休みになり、個人のスマートフォンを確かめると、

 見覚えのない会社からメールが届いていた。


 差出人は、アウトドア用品メーカーの宣伝担当者だった。


『釜野地区を舞台にした動画シリーズについて、

 弊社とのタイアップをご相談できないでしょうか』


 メールには、

 きのこ採りや山仕事で自社製品を使う、全3本の企画案が添えられていた。


 制作費は、1本20,000円。3本で60,000円。交通費は別途支給。


 実家と山を維持する足しにはなる額だった。


 添付された契約書を開く。


 直人が最初に確認したのは、金額ではなく、映像の利用範囲だった。


 制作した動画だけでなく、

 撮影した素材一式を、期間の定めなく広告へ利用できると書かれている。


 キヨの顔も、釜野の山も、契約を結べば商品の一部になる。


 釜野を撮ることに、初めて値段がついた。


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