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限界集落の終活、配信します。  作者: ふふ太郎


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6/10

第6話 ここには来なくていい

「釜野には、来なくていいです」


 テレビカメラの前でキヨがそう言った瞬間、取材に来た全員の動きが止まった。


 マイクを向けていた女性アナウンサーは、笑顔のまま次の言葉を失った。


 少し離れた場所で、番組ディレクターが頭を抱えている。


 直人だけは、なぜか少し笑いそうになった。


 *


 取材の依頼が届いたのは、その3日前だった。


 県内のテレビ局が、

 夕方の地域情報番組でキヨの動画を紹介したいという。


 企画の詳細を尋ねると、

 ディレクターの岩田から電話で話したいと返事があった。

 直人は番号と、翌朝なら出られる時間を伝えた。


 翌朝、約束した時間に岩田から電話がかかってきた。


『動画、50万回を超えてますよね。

 人口26人の限界集落に戻ってきた息子さんが、配信で故郷を再生する。

 すごく分かりやすい企画になると思うんです』


「俺は、戻ると決めたわけではありません」


『今は釜野にいらっしゃるんですよね』


「父の葬儀と、相続した土地の整理のためです。仕事も家族も東京にあります」


 電話の向こうで、紙をめくる音がした。


『では、故郷を再生するため、東京との二拠点生活を始めたという形では?』


「始めていません」


 岩田は少し黙った。


『まだ検討中、ということですね』


「検討するとも決めてません」


『なるほど』


 何も「なるほど」ではない声だった。


 番組が欲しがっている話は分かる。


 都会で働いていた会社員が、亡き父の故郷を継ぐ。

 老人の知恵を動画で発信し、消えかけた集落に人を呼び戻す。


 だが、今の直人にあるのは、売れるかどうかも分からない山と、

 父が人々を撮った映像の残るパソコンだけだった。


「それでも取材しますか」


『はい。正直に言えば、最初は50万回という数字に引かれました』


 岩田の声から、先ほどまでの営業めいた明るさが消えた。


『でも、動画についたコメントを読んだら、

 釜野へ行きたいという人より、自分も故郷へ帰れないと書いている人の方が多かったんです。

 実家を処分した人、親が亡くなって帰る理由を失った人。県内には、同じ人が大勢います』


 直人は黙って続きを待った。


『地域番組は、移住者が来たとか、祭りが復活したとか、

 分かりやすく明るい話を取り上げがちです。

 でも、戻れない人と、残っている人がどうつながるかは、

 ほとんど取材してきませんでした』


「だから、釜野を?」


『はい。佐久間さんがまだ答えを決めていないなら、

 それも含めて撮らせてください。

 特に、キヨさんがどう考えているのか、ご本人の言葉で聞きたいです』


 筋書きを断られても、岩田は電話を切ろうとしなかった。


「本人に聞きます。出ないと言ったら、動画だけの紹介もお断りします」


『分かりました』


 日程や撮影範囲を聞き、出演承諾書を送ってもらった。

 見逃し配信や、公式SNSでの再編集にも使うとある。


 直人はそれを印刷し、キヨの家へ持っていった。


「テレビで1回流れて終わりではないんだ。

 放送のあと、インターネットにも残るかもしれない」


「この前の動画と同じか」


「似てるけど、今度は向こうが編集する。俺が全部決められるわけじゃない」


「変な顔にするのか」


「顔の問題?」


「大事だべ」


 キヨは承諾書より先に、自分の頬を手でなでた。


「知らない人がまた家へ来る可能性もある。嫌なら断っていい」


「あの2人みたいなのが来たら、直坊が帰せばいい」


「俺、ずっとここにいるわけじゃないよ」


 口にしてから、直人は妙な気持ちになった。


 キヨは何も言わず、もう一度、承諾書へ目を落とした。


「テレビに出れば、亮介みたいに釜野を出た人が、また見つけるかもしれない」


「そうだな」


「なら、出る」


 直人も、釜野が動画で救われ始めたという誤解だけが広がるより、

 何も決まっていない現実を自分の口で話したかった。


「地区名が出れば気づく人もいるけど、また調べて来る人もいる。

 それでもいい?」


「釜野は出していい。けど、うちまで来る道は見せないでくれ」


 直人は番組側と、家や山への道順を映さず、

 無断訪問を控える案内も入れると約束した。

 ほかの住民を撮るときも、1人ずつ確かめてもらう。


 岩田から廃校も撮りたいと言われ、直人は市役所地域振興課の黒木誠司へ相談した。


「テレビですか」


「やっぱり難しい?」


「いえ。管財の担当に聞いてみます。正式な申請は必要ですが、

 校庭と外観だけなら許可できるかもしれません」


 あの学校の最後の卒業生は、意外なほど話に乗り気だった。


「随分、協力的だな」


「映ったからといって、取り壊しが変わるわけではありません。

 でも、最後の姿を見に来られない卒業生は多いですから」


 黒木の調整で、校庭と外観だけの撮影が認められた。当日も立ち会うという。


 *


 取材当日の朝、キヨは普段より明るい紫色のカーディガンを着ていた。


 唇には、少しだけ赤い口紅を引いている。


「直坊、曲がってないか」


「少し右が長い」


「早く言え」


 キヨは軽トラックの助手席の鏡をのぞき込み、指先で口紅を直した。


 テレビ局から来たのは、

 岩田と女性アナウンサー、カメラ担当、音声担当の4人だった。


 黒木も、市役所の作業着を着て撮影に立ち会った。


 岩田は40代半ばで、電話で想像したより痩せていた。

 何度も頭を下げながら、撮影する場所と質問の内容を説明した。


「まず佐久間さんが東京から戻ってきた場面として、

 軽トラックでこちらへ上がってくるところを撮りたいんですが」


「今朝からここにいますけど」


「映像上のイメージです。向こうから一度、走ってきていただければ」


 直人は軽トラックを見た。


「俺が帰ってきたのは半月ほど前です。再現だと分かる形なら構いません」


 岩田は少し困った顔をしたあと、撮影を諦めた。


 代わりに、父のパソコンを開く手元を撮った。

 連絡先の載った聞き取り資料は、閉じておいた。


 校庭では、女性アナウンサーが錆びた鉄棒と、草に囲まれた校舎を背に話した。


「廃校となった小学校も、来年には取り壊される予定です。

 佐久間さんは、この学校を残したいですか」


「残せるなら、残したいです」


 岩田がカメラの脇で小さくうなずいた。


「でも、俺はそう言うだけです。

 修理する金も、雪下ろしを続ける時間も出すと決めていません」


 岩田のうなずきが止まった。


「残したいと言うことと、残す責任を負うことは別だと、ここへ来て分かりました」


 女性アナウンサーは少し間を置き、次の質問へ移った。


「では、釜野地区をこれからどうしたいですか」


「まだ、分かりません」


 これでは番組にならないだろうと、直人にも分かった。


 それでも、父が用意した筋書きさえなかったのに、

 テレビのための答えを作る気にはなれなかった。


 最後に、キヨの撮影が始まった。


 きのこを採る場所は映せないため、

 家から少し離れた道端で、籠の中身を見せながら話すことになった。

 背後には山だけが映り、家や道順は分からない。


「83歳の今も、1人で山へ入られるんですね」


「昔ほどは歩けないけどね。山に入れば、若い人よりは採れるよ」


「動画が50万回も再生されたと聞いて、どう思いましたか」


「そんなに暇な人がいるんだなと思った」


 音声担当が笑いをこらえ、肩を揺らした。


 女性アナウンサーも笑ってから、質問を続けた。


「動画をきっかけに、釜野へ行ってみたいという人も増えています。

 皆さんに来てほしいですか」


 キヨはすぐには答えなかった。


 籠の中にあるきのこの向きを、1つだけ直した。


「釜野には、来なくていいです」


 女性アナウンサーの笑顔が止まった。


 岩田がカメラの横で頭を抱えた。


「来てほしくない、ということですか」


「知らない人に急に家さ来られたら、困るもの」


「では、動画を見た方へ伝えたいことはありますか」


 キヨはカメラを見た。


「ここさ来る代わりに、自分のじいさんやばあさんの顔を見に行ってやってください」


 岩田が顔を上げた。


「電話でもいい。声を忘れないうちに、話してやればいい。

 いなくなってから会いたくなっても、遅いからね」


 誰も、すぐには次の言葉を出せなかった。


 風が吹き、キヨの腰の籠が小さく揺れた。


 岩田はカメラ担当へ目を向けた。


「今のところ、もう一度お願いします」


「同じことは言えね」


「そうですよね」


 岩田は諦めたように笑った。


 *


 取材から2日後、番組が放送された。


 直人はキヨの家で、仕事帰りの黒木と3人でテレビを見た。


 番組の見出しは、当初聞かされていた

 「限界集落を救うUターン会社員」ではなくなっていた。


『50万回再生の先に――動画がつないだ、帰れない人の故郷』


 放送された直人は、何を聞かれても「分からない」と答えていた。


「直坊、ずいぶん頼りなく映ってるな」


「実際、分からないんだから仕方ないだろ」


「そこだけは、正直でいいと思います」


 黒木が真顔で言った。


「褒めてないよな、それ」


 キヨの口紅は、画面で見るとまだ少し右側が長かった。


 だが、最後の言葉はほとんど切られずに放送された。


『ここさ来る代わりに、自分のじいさんやばあさんの顔を見に行ってやってください』


 番組終了後、テレビ局の公式アカウントが、その部分を短い動画として公開した。


 翌朝には、再生回数が1,000,000回を超えていた。


『3年ぶりに祖母へ電話しました』


『今週末、実家に帰ります』


『声を忘れないうちに、という言葉で泣きました』


 直人のアカウントにも、同じような報告が何百件も届いた。


 人を釜野へ呼ぶための言葉ではなかった。


 それでも、キヨの言葉は、見知らぬ人たちをそれぞれの故郷へ帰していた。


 直人がコメントを読んでいると、美咲からメッセージが届いた。


『見逃し配信で番組見たよ。キヨさん、すごくよかった』


 その下に、娘の灯から届いた音声が添付されていた。


『パパ。キヨばあちゃんは、会えるうちに会った方がいいって言ってたよ』


 明るい声が、そこで少しだけ小さくなった。


『パパは、いつ帰ってくるの?』


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