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妾の顔を見た男は、みな狂う。ただ一人、婚約者を除いて  作者: 佐藤みさき
第一章 目隠し皇女のアナスタシア

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あの驚いた顔ときたら

 妾(わらわ)が訓練着を身につけ、「ご公務が終わったのでしたらお供します」と言う侍女たちも連れて戻ってくると、指示通り回復魔法を使ったらしく、レーヴェンタール卿(きょう)は、先ほどまでの戦闘の疲れをもう纏(まと)っていなかった。


「木剣を!」


 近くにいた皇宮兵士たちに指示を飛ばす。木剣立ての近くに居た兵士二人が、すぐに容(い)れ物(もの)ごと運び、妾(わらわ)のそばに置いた。


「どうぞ、姫殿下」

「うむ」


 目についた一振りを引き抜き、具合を確かめるのに軽く何度か振る。これと決めたのち、試合用リングエリアそばで待つレーヴェンタール卿(きょう)に目線を向けた。彼も、こちらの様子を窺(うかが)うように妾(わらわ)のほうを見つめていた。

 ざっ、ざっ、と、訓練場の土を踏みしめ歩き、試合用リングに入る。侍女たちは、巻き込まれぬようリングのいくらか手前で止まった。

 右手に嵌(は)めた魔導具ブレスレットに魔力を込め、“剣術公式試合用・性別筋力差解消強化魔法” を発動させる。妾(わらわ)の体が僅(わず)かに緑色の光を帯び、ほんのりと温(ぬく)もりをもった。これで、妾(わらわ)の準備は完了である。

 レーヴェンタール卿(きょう)も、近くの容(い)れ物(もの)から木剣をひとつ引き抜き、軽く振って具合を確かめたあと、妾(わらわ)の待つリングに入った。


 命じるまでもなく、皇宮騎士の一人がリングのそばに立ち、審判として片手をあげて立った。

 それを見た妾(わらわ)とレーヴェンタール卿(きょう)も、互いに木剣を構え、見合う。


「…本当に、婚約者を再考いただけると…そう考えて、よろしいのですね?」


 最後の確認とばかりに、レーヴェンタール卿(きょう)が言う。妾(わらわ)はうなずいた。


「ああ、いいだろう。“妾(わらわ)に勝てたら”な」


 そんなこと、実現させはしないが。


「それでは、両者、ご準備よろしいですね? 一戦目、構え!」


 審判役を買って出た騎士が声をかける。ざわめいていた観衆が静まり、場の緊張が高まる。


「はじめっ!」


 審判が手を振り下ろす。それを合図に、戦いが始まった。

 レーヴェンタール卿(きょう)は仕掛けてこない。こちらの出方を窺(うかが)っている。ならばと、妾(わらわ)は先手を切って間合いを詰めた。レーヴェンタール卿(きょう)が、斬りかかる妾(わらわ)の剣を防ごうと、木剣を正面に構える。

 最初の一合が交わされる――その直前、妾(わらわ)はくるりと身を翻して側面に回り込み、レーヴェンタール卿(きょう)の木剣の持ち手に、柄(つか)頭(がしら)を思いっきり叩(たた)き込(こ)んだ。


「うっ!」


 狙い通り、レーヴェンタール卿(きょう)が木剣を取り落とした。すぐさま、木剣の刃を、レーヴェンタール卿(きょう)の喉仏に軽く触れる。


「アナスタシア姫殿下、一本!」


 おお…! と観衆からのどよめき、歓声、パラパラとした拍手が伝わる。当のレーヴェンタール卿(きょう)はというと、「馬鹿な」といった様子の驚(きょう)愕(がく)した表情を浮かべていた。


「…遠路はるばる、レーヴェンタール辺境伯領から帝都に来て、慣れぬ部分も多々あろう。この一本は、それに免じて、勝負に含めないでやる」


 そう言い置きつつ、妾(わらわ)は木剣を下ろした。

 我が国では、いまだ男尊女卑の思想が根強く、悪気はなくとも、女性戦士を端から弱いと決めてかかる男が多い。“紳士的”“騎士道精神”などと言えば聞こえはいいが、ようは舐(な)めているわけだ。

 なので、初戦かつ男性の場合、よくこうしたウォーミングアップ――と称した、実態把握のチャンス――を、一戦くれてやっている。

 ただし、一戦までだ。


「いいことを教えてやろう、レーヴェンタール卿(きょう)。木剣でも、人を殺せる。……次は本気を出すように」


 低い声でそう伝えつつ、踵(かかと)を返す。次の一戦に備え、位置について振り返った。レーヴェンタール卿(きょう)が落とした木剣を拾い、構え直すのを見ながら、妾(わらわ)も木剣を構える。

 彼は、少々色を失いつつも、今度こそ目に本気の色を宿したようだった。


「二戦目、構え!」


 審判が手をあげ、声をかける。ふたたび訓練場が静けさに包まれ、場に緊張が走った。


「はじめっ!」


 審判が手を振り下ろす。今度は、レーヴェンタール卿(きょう)がすぐさま間合いを詰め、木剣を大きく振り上げての袈(け)裟(さ)斬りの構えを見せた。

 妾(わらわ)は、半身をひねって躱(かわ)した。すれ違いざまに、木剣の鍔(つば)で彼の手元を打つ。


「ッ!」


 レーヴェンタール卿(きょう)が、痛みに顔をゆがめる。ただし、今度は木剣を取り落とさなかった。

 よいぞ、その調子だ。妾(わらわ)は口角を上げた。


 すぐさま体勢を整え、レーヴェンタール卿(きょう)が返す刀で妾(わらわ)を狙う。彼の水平斬りを、妾(わらわ)は高く飛び上がって躱(かわ)した。膝を折り曲げ大きく飛んだ妾(わらわ)の足下スレスレで、目を瞠(みは)るレーヴェンタール卿(きょう)の木剣が空を切る。

 落下と同時に、木剣を振り下ろす。狙いは、レーヴェンタール卿(きょう)の利き手と反対側、左の肩口だ。狙い通り刃が当たり、振り下ろしながら妾(わらわ)は着地する。


「がはッ!!」


 レーヴェンタール卿(きょう)が痛みに呻(うめ)き声(ごえ)をあげ、当てられた勢いで上半身をガクンと前に倒された。


「アナスタシア姫殿下、一本!」


 審判の声が響き、群衆から歓声が沸き起こった。

 技がうまく決まり、妾(わらわ)は、ふふん、と胸を張る。


 性別筋力差解消強化魔法で力が増しても、男性戦士に比べ、女性戦士は小柄で軽い。この差を利用して、相手の虚を突く動き――本来ありえない高さの跳躍ができるのだ。

 通常、先ほどの水平斬りを躱(かわ)すなら、後ろに下がるか、下に屈(かが)むかしかない。それを上に飛んで回避し、そのまま上からの攻撃に転じたのである。

 レーヴェンタール卿(きょう)の、あの驚いた顔ときたら!

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