あの驚いた顔ときたら
妾が訓練着を身につけ、「ご公務が終わったのでしたらお供します」と言う侍女たちも連れて戻ってくると、指示通り回復魔法を使ったらしく、レーヴェンタール卿は、先ほどまでの戦闘の疲れをもう纏っていなかった。
「木剣を!」
近くにいた皇宮兵士たちに指示を飛ばす。木剣立ての近くに居た兵士二人が、すぐに容れ物ごと運び、妾のそばに置いた。
「どうぞ、姫殿下」
「うむ」
目についた一振りを引き抜き、具合を確かめるのに軽く何度か振る。これと決めたのち、試合用リングエリアそばで待つレーヴェンタール卿に目線を向けた。彼も、こちらの様子を窺うように妾のほうを見つめていた。
ざっ、ざっ、と、訓練場の土を踏みしめ歩き、試合用リングに入る。侍女たちは、巻き込まれぬようリングのいくらか手前で止まった。
右手に嵌めた魔導具ブレスレットに魔力を込め、“剣術公式試合用・性別筋力差解消強化魔法” を発動させる。妾の体が僅かに緑色の光を帯び、ほんのりと温もりをもった。これで、妾の準備は完了である。
レーヴェンタール卿も、近くの容れ物から木剣をひとつ引き抜き、軽く振って具合を確かめたあと、妾の待つリングに入った。
命じるまでもなく、皇宮騎士の一人がリングのそばに立ち、審判として片手をあげて立った。
それを見た妾とレーヴェンタール卿も、互いに木剣を構え、見合う。
「…本当に、婚約者を再考いただけると…そう考えて、よろしいのですね?」
最後の確認とばかりに、レーヴェンタール卿が言う。妾はうなずいた。
「ああ、いいだろう。“妾に勝てたら”な」
そんなこと、実現させはしないが。
「それでは、両者、ご準備よろしいですね? 一戦目、構え!」
審判役を買って出た騎士が声をかける。ざわめいていた観衆が静まり、場の緊張が高まる。
「はじめっ!」
審判が手を振り下ろす。それを合図に、戦いが始まった。
レーヴェンタール卿は仕掛けてこない。こちらの出方を窺っている。ならばと、妾は先手を切って間合いを詰めた。レーヴェンタール卿が、斬りかかる妾の剣を防ごうと、木剣を正面に構える。
最初の一合が交わされる――その直前、妾はくるりと身を翻して側面に回り込み、レーヴェンタール卿の木剣の持ち手に、柄頭を思いっきり叩き込んだ。
「うっ!」
狙い通り、レーヴェンタール卿が木剣を取り落とした。すぐさま、木剣の刃を、レーヴェンタール卿の喉仏に軽く触れる。
「アナスタシア姫殿下、一本!」
おお…! と観衆からのどよめき、歓声、パラパラとした拍手が伝わる。当のレーヴェンタール卿はというと、「馬鹿な」といった様子の驚愕した表情を浮かべていた。
「…遠路はるばる、レーヴェンタール辺境伯領から帝都に来て、慣れぬ部分も多々あろう。この一本は、それに免じて、勝負に含めないでやる」
そう言い置きつつ、妾は木剣を下ろした。
我が国では、いまだ男尊女卑の思想が根強く、悪気はなくとも、女性戦士を端から弱いと決めてかかる男が多い。“紳士的”“騎士道精神”などと言えば聞こえはいいが、ようは舐めているわけだ。
なので、初戦かつ男性の場合、よくこうしたウォーミングアップ――と称した、実態把握のチャンス――を、一戦くれてやっている。
ただし、一戦までだ。
「いいことを教えてやろう、レーヴェンタール卿。木剣でも、人を殺せる。……次は本気を出すように」
低い声でそう伝えつつ、踵を返す。次の一戦に備え、位置について振り返った。レーヴェンタール卿が落とした木剣を拾い、構え直すのを見ながら、妾も木剣を構える。
彼は、少々色を失いつつも、今度こそ目に本気の色を宿したようだった。
「二戦目、構え!」
審判が手をあげ、声をかける。ふたたび訓練場が静けさに包まれ、場に緊張が走った。
「はじめっ!」
審判が手を振り下ろす。今度は、レーヴェンタール卿がすぐさま間合いを詰め、木剣を大きく振り上げての袈裟斬りの構えを見せた。
妾は、半身をひねって躱した。すれ違いざまに、木剣の鍔で彼の手元を打つ。
「ッ!」
レーヴェンタール卿が、痛みに顔をゆがめる。ただし、今度は木剣を取り落とさなかった。
よいぞ、その調子だ。妾は口角を上げた。
すぐさま体勢を整え、レーヴェンタール卿が返す刀で妾を狙う。彼の水平斬りを、妾は高く飛び上がって躱した。膝を折り曲げ大きく飛んだ妾の足下スレスレで、目を瞠るレーヴェンタール卿の木剣が空を切る。
落下と同時に、木剣を振り下ろす。狙いは、レーヴェンタール卿の利き手と反対側、左の肩口だ。狙い通り刃が当たり、振り下ろしながら妾は着地する。
「がはッ!!」
レーヴェンタール卿が痛みに呻き声をあげ、当てられた勢いで上半身をガクンと前に倒された。
「アナスタシア姫殿下、一本!」
審判の声が響き、群衆から歓声が沸き起こった。
技がうまく決まり、妾は、ふふん、と胸を張る。
性別筋力差解消強化魔法で力が増しても、男性戦士に比べ、女性戦士は小柄で軽い。この差を利用して、相手の虚を突く動き――本来ありえない高さの跳躍ができるのだ。
通常、先ほどの水平斬りを躱すなら、後ろに下がるか、下に屈むかしかない。それを上に飛んで回避し、そのまま上からの攻撃に転じたのである。
レーヴェンタール卿の、あの驚いた顔ときたら!




