わからせてやる
「…アナスタシア皇女殿下ッ!」
声をかけられ、振り返る。妾を呼んだのは、先ほどと違って紳士的な笑みを浮かべたレーヴェンタール卿であった。
「デビュタンティンの夜会ぶりですね。その、…目隠し? は、どうされたのですか」
「これか。目の怪我ではなく、こう見えて妾からは周囲が見えているので安心せよ。
件の夜会での騒動をきっかけに、人前に出るときは、これを欠かさず着けねばならなくなってな」
妾は肩をすくめて見せた。誰から見ても異様なこの目隠しについて、しばらくこのように同様の説明を繰り返さねばならぬだろう。今日は執務上がりのため、日常使い用の黒一色でバッスル固定の目隠しをしていた。
あとで広報局に指示を出して…いや、それにはアーベントロートが既に手を回しているか。
レーヴェンタール卿は、得心したように頷いた。
「ああ……なるほど。あの騒動の末、頭を打たれたと聞き、身体の芯まで凍りつく思いで心配いたしておりました。お体の具合はいかがでしょうか?」
「うむ、大事ないぞ」
「…安心いたしました。あのとき、私がおそばにおりさえすればと、後悔しきりで…」
「大丈夫だ、ユリウスが来てくれたからな」
そう応じると、レーヴェンタール卿はまた顔をゆがめた。そういえば彼も、妾の素顔を見てしまった、歳の頃の近い男性であったな。
彼も狂気に呑まれてしまったのか? 妾のせいではない、と、アーベントロートには言われたが、やはり申し訳ない…。
「……手紙は、読んで頂けましたか?」
「手紙? …あー…手紙は…」
たぶん、妾の目には一度も触れず、アーベントロートが火にくべた。
「その、聞き及んでおるか分からんが、最近、妾宛ての手紙が多くてな。外信局の者たちが、必死に選り分けてくれているようだが…、まあ、埋もれてしまったやもしれん」
「そうでしたか…」
「あー、あー、その! そなたの戦いぶりも、見事であったぞ! レーヴェンタールの戦術を直接見るのは初めてだ。非常に興味ぶかかった。
そう、よければ、妾とも一戦交えていかないか?」
妾は、あわてて話題を逸らしつつ、レーヴェンタール卿に対戦を申し込んでみた。
もともと、騎士団長に手合わせを願うつもりだったので、ちょうどよい。
すると、レーヴェンタール卿はわずかに目を瞠った。
「…皇女殿下とですか?」
「そう。手合わせだ。どうだ? 初めての対戦で勝手が分からぬであろうし、互いに木剣としよう。魔法禁止三本勝負、筋力差解消強化のみ許可ルールの対戦とする」
筋力差解消強化とは、対戦する二人が異性の組み合わせである場合、生まれついて自然に生じる男女の筋力差を解消するべく、女性側の膂力を魔法で強化するものだ。
剣術強化を目的としたトーナメントや試合は、帝国各地でよく行われており、魔法の併用は禁止されていることが多い。ただ、全盛期比で三倍にも及ぶという性別筋力差を補填しないことには、いくら鍛えても女性に勝ち目がない。
そのため、帝国の男女別統計平均を元に算出された固定値のみ物理強化を施す、筋力差解消強化魔法のみ異性間対戦において女性側に許可する、というルールが、公平性を担保するルールとして周知されている。
「……それに私が勝ちましたら、婚約者の再考について、ご検討いただけますか?」
「は?」
これも狂気に呑まれたせいだろうか? 無いだろう、どう考えても。
しかし、そんなことよりも、何よりも。
「『妾に勝てたら』か……。よかろう」
妾に勝てる前提で話していることが、不愉快きわまりない。舐めおって…。これは、わからせてやるしかないな。
「妾も訓練着に着替えてくる。それまでに回復を済ませておくように」
レーヴェンタール卿に向かってそう言い置いて、妾は、召し替えのために自室に向かって廊下をまた駆けていった。
グランツェルリヒ家の家訓第一条、『舐められたらブチ殺せ。鏖にしろ』(※要約)。
まぁ殺しはしないが、ただでは捨て置けぬ!
そうして走っていたところ、今度はベルンシュタイン夫人に見つかって雷を落とされたので、そこからはしょんぼり歩いて自室に向かった。




