さすがは我が許婚
夜会での事件については兎も角、初めての政務については順調だった。
まだ、母上たちから多くを回してもらえる実力に至っていないからだろう。三日もしないうちに、午前中で一日の仕事が終わってしまうようになった。
補佐官の二人に尋ねたところ、直近の仕事はもうないとのことだったので、空いた時間を気分転換にあてるべく、執務室を出る。
愛馬に乗って森の散策をするか、ピアノかバイオリンでも弾くか、それとも、外庭でソロ・オペラを歌うか……。
そんなことを考えつつ、皇宮の外廊下を歩いていると、騎士たちの剣戟の音が響いてきた。訓練場が見える位置にいたので、視線を向けてみれば、なにやらいつもより人数が多い。
社交シーズンで集まった家々の騎士・兵士団らが、皇宮騎士・兵士団との合同演習に来ているのだ、と思い至る。
「妾も、久々に手合わせを頼みに行こうか」
そんなことをボヤきつつ、訓練場へと足を向けた。
訓練場に近づくと、なにやら騒ぎが起きている。群衆が何かを囲んで、誰かを応援しているようだ。
うん? 今、アーデルシュタイン侯と言ったか?
輪の中をよく見れば、見慣れた暗めのスレートブルーがいる。ユリウスだ。訓練用の衣装をまとい、剣を持って立っている。
対するは、どこかで見た覚えのある金髪碧眼――思い出した。初めての夜会で、ユリウスのすぐ次に踊った男――レーヴェンタール辺境伯家嫡男だ。名は、ジークベルトといったか。彼も訓練着をまとい、剣を持っている。
もしや…試合か!? 試合だな、ユリウスと! これはこれは、良いところに立ち会った。
ユリウスや、ヴァイセンドルフの騎士団長とは何度も手合わせしたが、レーヴェンタール辺境伯家とは接点がなかった。いずれ劣らぬ有名な武人家系、どのような技を繰り出すのか、ぜひ見てみたい…!
世界最強を争う、グランツェルリヒの猛き血が沸き立つようだ。
妾は、見通しのよい場所から戦いを見ようと、2階の外廊下で一番訓練場に近い場所まで向かい、バルコニーの柵前に陣取った。ユリウスとレーヴェンタール卿は、群衆に囲まれてできたリングの中央で対峙している。
やがて、剣と剣がぶつかり合い、二人の対戦が始まった。妾もまた、わくわくしながら観戦をはじめた。
ユリウスの顔が険しい。妾との手合わせではしない顔だ。それに、勢いもすごい。足運びも剣の扱いも、前に見たときよりずっと鋭く洗練されている。
対するレーヴェンタール卿も負けていない。ヴァイセンドルフや、皇宮直属の騎士・兵士らと異なる動きだが、こちらはこちらで洗練されており、ユリウスと互角に戦っている。
いまだっ、いけっ! おお、うまい防御だ! そこだ! よし!
ユリウス、勝利! ……ん? まだやるらしい。三本勝負といったところか?
次はレーヴェンタール卿が一本! 二人とも、強いな。
最後は……おお、なかなか勝負がつかん。両者、相手の戦術に慣れたか。攻める、守る、攻める、守る……ユリウス、勝利! さすがは我が許婚!
妾は、群衆の歓声に交じって、2階から拍手を送った。すると、ユリウスとレーヴェンタール卿も妾に気づいたのか、二人の視線がこちらに向く。
妾を見て、ユリウスは笑顔で手を振った。対して、一勝二敗で負けたレーヴェンタール卿は、くやしそうに顔をゆがめている。
妾は、はやる気持ちに急かされるように廊下を駆け抜け、階段を下り、訓練場の二人の元に向かった――ベルンシュタイン夫人に見られたら「殿下! 廊下を走ってはなりませんと何度いえば!」と金切り声をあげられていただろう。
妾が訓練場に着くと、騎士たちが膝をついて敬礼の姿勢をとる。「楽にせよ、訓練に戻れ」とすぐに命じ、妾はユリウスのもとに駆け寄った。
「やったな! 見ていたぞ。さすがは我が許婚!」
「アナスタシア様…! ご公務の最中とうかがっておりましたが」
「今日の分はもう済んだのでな、気分転換に向かうところだった」
「そうでしたか…。偶然とはいえ、アナスタシア様に勝利を捧げられ、大変光栄にございます」
「ああ、良い戦いであったぞ。さあ、受け取れ」
そう言いつつ、妾はポケットからハンカチーフを取り出し、ユリウスの額に流れる汗を拭ってやった。妾の愛用品、吸水性のよいタオル素材のふわふわハンカチーフである。今日はちょうど、まだ使っていなかった。
貴婦人が騎士に贈るハンカチーフは、騎士にとっての最高の栄誉とされる。まあ普通は、薄手ペラペラの刺繍入りハンカチーフらしいが。
「ありがとうございます」
ユリウスは嬉しそうに微笑み、妾の手に自身の手を重ね、ハンカチーフを受け取った。




