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妾の顔を見た男は、みな狂う。ただ一人、婚約者を除いて  作者: 佐藤みさき
第一章 目隠し皇女のアナスタシア

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妾に勝ったことがあるぞ

 実は、性別筋力差解消強化魔法があっても、異性間試合は十分に公平とは言いがたい。

 たとえば、力があっても、質量がなければ踏ん張りは効かない。よって、鍔(つば)迫(ぜ)り合(あ)いになれば、相変わらず女性戦士が不利となる。身長が違えば、リーチも変わる。

 とはいえ、なら身長や体重を変えればとなると、技術的に厳しいうえ、慣れ親しんだ身長体重までコロコロ変えられては、戦士側とてたまったものではない。


 そんな中、公式ルールの範囲で最大限に女性戦士を有利にする戦術こそ、強化された脚力と身軽さを駆使した超跳躍、および素早い足運びを使った回避・翻弄術である。

 剣を受け流し、躱(かわ)し、相手を惑わせ、すかさず急所を突く。これぞ、女性戦士のための最強戦術よ!

 ……と、身近な女性護衛騎士らにも熱弁し、実演して見せたのだが、なぜか妾(わらわ)以外には今ひとつ困難であるらしく、中々広まらぬことだけは無念である。

 なんでも「速すぎて頭が追いつかない」らしい。まあ、練習を重ねてもらえば、いずれ慣れるであろう。


 と、それはさておき、今はレーヴェンタール卿(きょう)との戦闘だ。せっかくなので、レーヴェンタール辺境伯家の技をもっと見せてもらいたい。


「レーヴェンタール卿(きょう)、試合を続行しますか?」


 審判がレーヴェンタール卿(きょう)に尋ねる。レーヴェンタール卿(きょう)は、左腕がしびれているのか、何度か大きく振るい、感覚を取り戻そうとしているようだった。


「……ああ、問題ない」


 ややあって、彼はそう応じた。

 妾(わらわ)は笑みを浮かべた。二戦も交われば降参されてしまうことが多いのだが、さすがは誇り高き帝国の剣が一振り、レーヴェンタール辺境伯家の令息だ。じつに、素晴らしい心意気である。


「それでは、双方用意! 三戦目、構え!」


 妾(わらわ)とレーヴェンタール卿(きょう)が、互いにまた木剣を構え合う。レーヴェンタール卿(きょう)の顔色は、最初に比べて大分悪くなってきていた。


「はじめっ!」


 レーヴェンタール卿(きょう)が素早く間合いを詰める。縦に返した木剣が、下段から掬(すく)い上(あ)げられ――妾(わらわ)は、左ななめ後ろにひょいと躱(かわ)した。続いて、そのまま上段から振り下ろし――これは軌道を読んで、妾(わらわ)の木剣で受け流す。

 次は、片足を軸に、切り替えながらくるくる回り、リングから出ないようレーヴェンタール卿(きょう)の背後に回る。レーヴェンタール卿(きょう)も、妾(わらわ)に合わせて体を回す。こういう動きは、社交ダンスに似ているな。

 斜めの斬り上げ――後ろに躱(かわ)す。振り下ろし――木剣で受け流し。また位置を変えて――。


「っ……! ゼェ、ハァッ――なぜ攻めてこられぬ!? ハァッ――私では、攻撃する、価値も――ありませんかっ!?」


 そんなことばかりしていたら、レーヴェンタール卿(きょう)が苛(いら)立(だ)った口調でそう声をあげた。疲れたらしく、ゼイゼイと息があがっている。

 おっと、少々からかいすぎたか。


「――あぁ、すまぬ。技をもう少し見てからにしようと思ってな」


 そういえば一戦をくれてやったので、四戦目もあるな、と思い出し、妾(わらわ)は攻めに回った。一撃、二撃を軽く入れて防がせ、できた隙から有効打突を入れる。


「ぐっ!」


 レーヴェンタール卿(きょう)が小さく呻(うめ)く。今回は軽めに入れたので、さほど痛くはなさそうだ。


「アナスタシア姫殿下、一本!」


 審判の声が響くと同時に、三戦したので勝敗が決したと思った観衆から、大きな拍手と歓声が沸き上がった。

 もう一戦やる、と指ひとつ立てて示しながら審判係に指示を出していたところ、レーヴェンタール卿(きょう)は首を横に振って制した。


「私は、これでもレーヴェンタール辺境伯家の人間。正々堂々決した勝敗なれば、たとえ殿下の言といえども、施しは受けませぬ」


 彼がそう言うので、勝負はここまでにすることとした。

 こやつ、戦士としては中々見所がある。妾(わらわ)を口説かないでさえくれれば、友(ゆう)誼(ぎ)を結びたいところなのだがなあ。


 近くにいた騎士に木剣を預ける。リングから出た妾(わらわ)を、侍女たちとユリウスが駆け寄り出迎えた。


「おめでとうございます、姫様!」

「この度も、たいへんお見事な戦いぶりにございました!」


 侍女らが口々に言いつつ、タオルで妾(わらわ)の汗をぬぐってくれる。


「おめでとうございます、アナスタシア様」


 その少し後ろから、ユリウスも穏やかな微(ほほ)笑(え)みで祝ってくれる。妾(わらわ)は、同じく笑って返した。


「なかなか良き戦いであった。よければ、共に少し休憩しないか? ユリウス。レモン水を用意させる」

「レモン水ですか?」

「ああ。レモンは疲れをとるのにいい。砂糖と塩も足してあって、このように汗をかいた後に飲むと、いい水分補給になるぞ」

「それはよろしいですね。ご一緒いたします」

「うむ!」


 ユリウスと、侍女らと連れ立ち、休憩のため室内に戻ろうとする。すると、またもやレーヴェンタール卿(きょう)の声が背後から呼び止めた。


「アナスタシア皇女殿下、ひとつだけ教えてください!」

「うん?」


 まだ何かあるのか――と思いつつ、よき試合と心構えに免じて振り返る。


「ヴァイセンドルフ辺境伯令――いえ、アーデルシュタイン侯は、貴(あ)女(なた)様(さま)と戦い、勝利したのでしょうか?」

「は?」


 いや、勝てたら婚約者を云(うん)々(ぬん)というのは、そなたが言い出したことであって、妾(わらわ)は別に、婚約にあたって勝敗を加味しているわけではないのだが。

 ――と、内心では思いつつも、無意識にユリウスとの戦歴を思い起こした。


「うむ。ユリウスは、妾(わらわ)に勝ったことがあるぞ」


 そう告げると、レーヴェンタール卿(きょう)は目をまるくした。妾(わらわ)の隣で、ユリウスも少し目を瞠(みは)っている。

 おい、そなたまで驚くな。いらぬ追求が増えるであろう。

 視線でユリウスに文句を言ってみたものの、さいわい、レーヴェンタール卿(きょう)はそれ以上追求してこなかったので、今度こそ、妾(わらわ)たちは訓練場を後にできた。


 後で聞いた話だが、「ジークベルトとお呼びくださいと、夜会で申し上げたのに……今日は名前を呼んでくださらなかった……」と、あのあとヘコんでいたらしい。

 そういえば……、そうであったな。まあ、今後とも『レーヴェンタール卿(きょう)』と呼ぶことを、妾(わらわ)が勝利した証(あか)しとさせてもらうか。


***


「……私が、アナスタシア様に勝利した、とは…もしや、『強化魔法なしで戦ってみたい』とアナスタシア様が仰(おっしゃ)った、あのときのことですか?」


 休憩室で落ち着いてから、ユリウスがそのように尋ねてきた。妾(わらわ)は、呵(か)々(か)と笑いながら首肯した。


「そうだ。ウソは言っておらぬであろう?」


 いやー。認めたくなかったな、あのときは。妾(わらわ)が、強化魔法などというものを使わねば、男より弱い、などと。


「まあ……、そうですね」


 ユリウスは、こまったように眉を曲げて笑いつつ、そのように同意した。

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