妾に勝ったことがあるぞ
実は、性別筋力差解消強化魔法があっても、異性間試合は十分に公平とは言いがたい。
たとえば、力があっても、質量がなければ踏ん張りは効かない。よって、鍔迫り合いになれば、相変わらず女性戦士が不利となる。身長が違えば、リーチも変わる。
とはいえ、なら身長や体重を変えればとなると、技術的に厳しいうえ、慣れ親しんだ身長体重までコロコロ変えられては、戦士側とてたまったものではない。
そんな中、公式ルールの範囲で最大限に女性戦士を有利にする戦術こそ、強化された脚力と身軽さを駆使した超跳躍、および素早い足運びを使った回避・翻弄術である。
剣を受け流し、躱し、相手を惑わせ、すかさず急所を突く。これぞ、女性戦士のための最強戦術よ!
……と、身近な女性護衛騎士らにも熱弁し、実演して見せたのだが、なぜか妾以外には今ひとつ困難であるらしく、中々広まらぬことだけは無念である。
なんでも「速すぎて頭が追いつかない」らしい。まあ、練習を重ねてもらえば、いずれ慣れるであろう。
と、それはさておき、今はレーヴェンタール卿との戦闘だ。せっかくなので、レーヴェンタール辺境伯家の技をもっと見せてもらいたい。
「レーヴェンタール卿、試合を続行しますか?」
審判がレーヴェンタール卿に尋ねる。レーヴェンタール卿は、左腕がしびれているのか、何度か大きく振るい、感覚を取り戻そうとしているようだった。
「……ああ、問題ない」
ややあって、彼はそう応じた。
妾は笑みを浮かべた。二戦も交われば降参されてしまうことが多いのだが、さすがは誇り高き帝国の剣が一振り、レーヴェンタール辺境伯家の令息だ。じつに、素晴らしい心意気である。
「それでは、双方用意! 三戦目、構え!」
妾とレーヴェンタール卿が、互いにまた木剣を構え合う。レーヴェンタール卿の顔色は、最初に比べて大分悪くなってきていた。
「はじめっ!」
レーヴェンタール卿が素早く間合いを詰める。縦に返した木剣が、下段から掬い上げられ――妾は、左ななめ後ろにひょいと躱した。続いて、そのまま上段から振り下ろし――これは軌道を読んで、妾の木剣で受け流す。
次は、片足を軸に、切り替えながらくるくる回り、リングから出ないようレーヴェンタール卿の背後に回る。レーヴェンタール卿も、妾に合わせて体を回す。こういう動きは、社交ダンスに似ているな。
斜めの斬り上げ――後ろに躱す。振り下ろし――木剣で受け流し。また位置を変えて――。
「っ……! ゼェ、ハァッ――なぜ攻めてこられぬ!? ハァッ――私では、攻撃する、価値も――ありませんかっ!?」
そんなことばかりしていたら、レーヴェンタール卿が苛立った口調でそう声をあげた。疲れたらしく、ゼイゼイと息があがっている。
おっと、少々からかいすぎたか。
「――あぁ、すまぬ。技をもう少し見てからにしようと思ってな」
そういえば一戦をくれてやったので、四戦目もあるな、と思い出し、妾は攻めに回った。一撃、二撃を軽く入れて防がせ、できた隙から有効打突を入れる。
「ぐっ!」
レーヴェンタール卿が小さく呻く。今回は軽めに入れたので、さほど痛くはなさそうだ。
「アナスタシア姫殿下、一本!」
審判の声が響くと同時に、三戦したので勝敗が決したと思った観衆から、大きな拍手と歓声が沸き上がった。
もう一戦やる、と指ひとつ立てて示しながら審判係に指示を出していたところ、レーヴェンタール卿は首を横に振って制した。
「私は、これでもレーヴェンタール辺境伯家の人間。正々堂々決した勝敗なれば、たとえ殿下の言といえども、施しは受けませぬ」
彼がそう言うので、勝負はここまでにすることとした。
こやつ、戦士としては中々見所がある。妾を口説かないでさえくれれば、友誼を結びたいところなのだがなあ。
近くにいた騎士に木剣を預ける。リングから出た妾を、侍女たちとユリウスが駆け寄り出迎えた。
「おめでとうございます、姫様!」
「この度も、たいへんお見事な戦いぶりにございました!」
侍女らが口々に言いつつ、タオルで妾の汗をぬぐってくれる。
「おめでとうございます、アナスタシア様」
その少し後ろから、ユリウスも穏やかな微笑みで祝ってくれる。妾は、同じく笑って返した。
「なかなか良き戦いであった。よければ、共に少し休憩しないか? ユリウス。レモン水を用意させる」
「レモン水ですか?」
「ああ。レモンは疲れをとるのにいい。砂糖と塩も足してあって、このように汗をかいた後に飲むと、いい水分補給になるぞ」
「それはよろしいですね。ご一緒いたします」
「うむ!」
ユリウスと、侍女らと連れ立ち、休憩のため室内に戻ろうとする。すると、またもやレーヴェンタール卿の声が背後から呼び止めた。
「アナスタシア皇女殿下、ひとつだけ教えてください!」
「うん?」
まだ何かあるのか――と思いつつ、よき試合と心構えに免じて振り返る。
「ヴァイセンドルフ辺境伯令――いえ、アーデルシュタイン侯は、貴女様と戦い、勝利したのでしょうか?」
「は?」
いや、勝てたら婚約者を云々というのは、そなたが言い出したことであって、妾は別に、婚約にあたって勝敗を加味しているわけではないのだが。
――と、内心では思いつつも、無意識にユリウスとの戦歴を思い起こした。
「うむ。ユリウスは、妾に勝ったことがあるぞ」
そう告げると、レーヴェンタール卿は目をまるくした。妾の隣で、ユリウスも少し目を瞠っている。
おい、そなたまで驚くな。いらぬ追求が増えるであろう。
視線でユリウスに文句を言ってみたものの、さいわい、レーヴェンタール卿はそれ以上追求してこなかったので、今度こそ、妾たちは訓練場を後にできた。
後で聞いた話だが、「ジークベルトとお呼びくださいと、夜会で申し上げたのに……今日は名前を呼んでくださらなかった……」と、あのあとヘコんでいたらしい。
そういえば……、そうであったな。まあ、今後とも『レーヴェンタール卿』と呼ぶことを、妾が勝利した証しとさせてもらうか。
***
「……私が、アナスタシア様に勝利した、とは…もしや、『強化魔法なしで戦ってみたい』とアナスタシア様が仰った、あのときのことですか?」
休憩室で落ち着いてから、ユリウスがそのように尋ねてきた。妾は、呵々と笑いながら首肯した。
「そうだ。ウソは言っておらぬであろう?」
いやー。認めたくなかったな、あのときは。妾が、強化魔法などというものを使わねば、男より弱い、などと。
「まあ……、そうですね」
ユリウスは、こまったように眉を曲げて笑いつつ、そのように同意した。




