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妾の顔を見た男は、みな狂う。ただ一人、婚約者を除いて  作者: 佐藤みさき
第一章 目隠し皇女のアナスタシア

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笑っていいぞ

「笑っていいぞ」


 開口一番、妾(わらわ)はそう告げた。なかば自暴自棄な口調である。

 許婚(いいなづけ)としての定期茶会のため皇宮に来ていたユリウスは、はじめ困惑した表情を浮かべた。それから、妾(わらわ)を安心させようとしてか、温かい笑みを浮かべる。


「アナスタシア様、その……お顔にお召しになっているものは?」

「うむ。説明する」


 するするとデイドレスの裾をカーペットと摩擦させながら歩き、妾(わらわ)は、ユリウスと向かいの席に着席した。丸テーブルには、既に茶会の準備がされている。

 妾(わらわ)たち二人が着席したのを見ると、ティートロリーと共に待っていたメイドが静かに近づき、紅茶の用意をはじめた。

 コポコポコポ……と、熱い湯が茶葉に注がれる音とともに、湯気が立つ。


 妾(わらわ)は、今日のドレスに合わせてライトグリーン、オーガンジー素材でできた帯状の刺(し)繍(しゅう)入り目隠しを着けていた。日常使い用と異なり、固定部も無骨なバックルではなく、リボン結びになっている。

 これも、着けている妾(わらわ)の視界は良好で、ユリウスの姿も部屋の全容もよく見えている。一方で、自室で召し替えを受けているときに見た鏡越しには、目元がまったく分からぬ妾(わらわ)の姿があった。


 妾(わらわ)は、部屋の中を見回し、ユリウス以外に男性の姿がないことをよくよく確認したあと、後頭部のリボンをひっぱり、するりと目隠しを取り外した。


「ふう」


 目隠しを軽く折りたたみ、テーブルの端に置く。

 ようやく素顔を晒(さら)して、ユリウスと目を合わせると、ユリウスは、どこか安心したような表情を浮かべていた。


「お体の具合はいかがですか、アナスタシア様」

「うむ、大事ないぞ。先日は世話になった。手紙にも書いたが、あらためて礼を言う」


 そう言葉を交わしたところで、メイドが最初の一杯をサーブした。トポポポポ、と小気味のいい音をたて、ティーカップから良い香りと湯気が立ちのぼる。

 仕事が済んだところで一旦、彼女を含め、部屋の使用人および護衛らには退室してもらった。手で合図を送り、彼女らが静かに出て行くのを見守る。


「この、目隠しだがな――」


 二人きりになったことを確認してようやく、妾(わらわ)は、先日のアーベントロートとの会話、事の次第を説明した。


「そうですか、アーベントロート卿(きょう)が…。私も、この対策について賛成です。

 アナスタシア様にご負担をおかけしてしまうことだけは、誠に心苦しく思います。ですが、先だってのような騒動で、アナスタシア様がまた怪(け)我(が)を負われたら、と思うと…」


 ユリウスは、そう言って心配そうに眉を寄せる。

 妾(わらわ)は、うなずいて応じた。


「まあ、あれもそれなりに手を尽くしてくれたようでな。こう見えて、裏からは全く視界を遮られぬし、装着感も悪くない。…そうだ、着けてみるか?」


 妾(わらわ)がいたずらっぽく提案すると、ユリウスは少し目を丸くした。


「えっ。いえ、私は…」

「遠慮するな、さあ」


 妾(わらわ)は椅子から立ち上がり、目隠しを持ってユリウスの側に近寄った。

 ユリウスは動揺した様子だったが、抵抗することはなく、後ろに回り込んで目隠しをつけようとする妾(わらわ)の好きにさせた。

 ユリウスの、深い黒に程近いスレートブルーの髪ごしに、くるりと目隠しをかけ、彼の目元に合わせてリボン結びをする。


 それから、正面に回り込んだ。目隠しされたユリウスが、こちらからは見えない目で妾(わらわ)をとらえ、顔を動かしている。

 ふうむ、目隠しされた美形か……悪くないな。いけない趣味の扉が開きそうだ。


「どうだ?」


 あやしい考えは心の奥底にしまいつつ尋ねる。


「アナスタシア様がよく見えます。たしかに、視界が遮られませんね。着け心地も、よろしいようで…」


 言いつつも、ユリウスは早々に目隠しを自ら取り外して、丁寧に畳むと、両手でうやうやしく妾(わらわ)に差し出した。それを受け取り、妾(わらわ)は席に戻る。


「だろう? はじめは『なんの冗談だ』と思ったがな。慣れればどうということはなさそうだし、そうなるのに時間もかかるまいよ」


 妾(わらわ)が椅子に座る。ユリウスはまた、優しい笑みを浮かべた。


「そなたは、妾(わらわ)の素顔を見せても狂気に陥らぬようで、助かった。アーベントロートも、あくまで歳(とし)の頃が近ければ確率が高いというだけで、必ず起きるわけではないと言っていたが、それにしても幸運なことよ。

 幼(おさな)馴(な)染(じ)みだからか? そなたの態度は、ずっと変わらないものな」


 そう言いつつ、砂糖を一杯カップに足したあと、取り上げて茶を一口すする。うまい。

 気のせいか、ユリウスの表情が一瞬こわばったような気がした。だが、カップから目線を彼に戻すと、いつもの柔らかな笑顔があった。


「……ええ、そうでございますね」


 それからは、互いの近況など他(た)愛(あい)のない話をして、いつもの茶会は穏やかに終わった。


 一礼して扉の向こうへ消えていくユリウスの背中は、いつもよりほんの少しだけ、静かすぎた気がした。

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