私だけを見てください
「アナスタシア様」
「うん」
「愛しています。お慕いしております。初めてお目にかかったあの日から、ずっと」
「うん」
「あなた様は私の天使であり女神。フレイヤほどに美しく、ミーミルほどに聡明で…ときには、ロキのように私の心をいたずらに掻き乱す…」
「うん…」
「あなた様だけが私に価値を与えてくださる。あなた様がいなければ私は無価値。あなた様を恋い慕い愛する気持ち、それが我が魂の根幹です」
「うん…」
「アナスタシア様の姿を目にしているとき、あなた様の存在を感じるとき、そのときだけ私は息をしている、心臓が動いている。私の身に温もりが宿るのです。そうでない時の私は凍えています、生きているのに死んでいる。重要なのです、私にとってそれほどに…誇張でも世辞でもない、私にとって絶対の真実であり現実なのです」
「うん…」
「あなた様の寵愛が他に向くことを、あなた様が私を嫌ってしまうことを想像すると、私は正気ではいられなくなる。頭の中をぐちゃぐちゃに掻き乱されてマトモには考えられなくなります。死よりも苦しく恐ろしいのです。どうか他の男を見ないでください。愛さないでください。私だけを見て。私を嫌わないでください、アナスタシア様、どうか――」
「そなたを嫌ったりしない。妾も大好きだよ、愛しているよユリウス」
妾をガッチリと抱きしめてソファに座り、ユリウスの膝上に横座りした妾の背中に向かって、呪詛のような…愛…? 懇願…? の言葉を延々と話しているユリウスの頭を、黒髪を掻き分けるようにして、よしよしと撫でる。
このようなループが、かれこれ47回繰り返されている。
助けてくれェーーーーッ!!!! 誰かァーーーーッ!!!!
心の中で叫んでも、応える者は当然いない。
こんなに進退窮まるのも、これほど真剣に誰かの助けを欲したのも、16年の我が生涯で初めてのことであった。
***
――ユリウスから、思いのほか様々な要求を突きつけられた後のこと。
「必ずユリウスと結婚すること」「側室や愛人を一切持たないこと」「(恋人ないし夫婦として)ユリウスとずっと一緒に居ること」「(異性として)ユリウスだけを愛すること」。このあたりは当然のことで、なんてことはない。問題は、その後だ。
ユリウス以外の人間には触れさせないこと、ユリウス以外の人間に姿を見せないこと、ユリウス以外の誰にも微笑まないこと、ユリウス以外の名前を呼ばないこと、その他諸々……。
無茶を言うなッ! 公務遂行どころか、生活すらおぼつかなくなるわッ! 妾は隔離患者か何かか? どうやって仕事をしろと?
ただ生活するだけでも、いったい何人の侍女・使用人・女官が関わっていると思っている? 貴婦人のドレスは基本的に一人で着脱できないのだぞ? 服すら7割がた着られなくなるわ! もう下着で過ごすしかなくなってしまうぞ!
無論、そのように口に出した訳はないが、内心ではそう叫んだ。
とはいえ、「なんでもする」と申し出たのは此方であり、不義理を働いたのも此方である。妾はおそるおそる、条件の交渉を試みた。
「…すまないが、妾には皇族としての責任と義務があるので、それに反することはできない。『なんでも』と言ったのに悪いが…」
意外にもあっさりと、ユリウスは頷いた。
「承知しました」
「いいのか?」
「はい」
ふむ。『絶対にそうしてほしい』というよりかは、『自分はこう望んでいる』と意思表示しただけなのだろうか?
「『ずっと一緒に』というが、手洗いや入浴、身繕いや寝所はダメだ。前者三つは、たとえ夫婦でも見せ合わない。寝所は、婚姻前の男女だからな、不健全だ」
「承知しました」
「『他の人間に触れさせない』というのも、すまんが諦めてくれ。侍女の手助けなしに、皇女の生活はできない」
「左様でございますね」
ユリウスが頷く。なんだ、言葉足らずゆえ無茶な条件に聞こえただけで、そこまで望んでいたわけではないらしい。
「紳士のエスコートや挨拶を固辞するのも、余計な火種になりかねん。許せ」
「………………はい」
急に間がのびた。ユリウスの表情も真顔気味だ。イヤか…そうか…。
だが、ここは譲ってくれ。想像してみろ。次期皇帝の皇女から、ほんの挨拶を断られた貴族男性がどう思うか。「もしや、我が家は皇室に嫌悪を抱かれているのか」「自分は不興を買ってしまったのか」と、恐怖を与えてしまうであろう。
――そうして結果的に、妾が提示した「皇女・皇族としての職務を果たすにあたって障害となる制限は除外する」「トイレ・風呂・化粧や着替えなど身繕い・寝所は共にしない」「職務・生活上必須の接触、特に同性からの接触を許可すること」「他人に姿を見せること、他人の名前を呼ぶこと、微笑みなどについて制限しないこと」「その他、職務遂行や生活に著しく不便をもたらす制限は認められない」といった条件を、ユリウスはすべて呑んでくれた。
あと、「夢はお互いどうにもならんだろう、無茶を言うな」とか。
はじめは驚いたが、条件を話し合う中で、ユリウスのことをより理解できたと思う。
夜も更けているので「おやすみ」を交わし、ユリウスを泊めている客室を後にする。
扉を閉める直前に振り返ると、ベッドの上で身を起こしたままの彼が、いくらか明るくなったように見える表情でこちらを見つめ返している。
妾は、彼に小さく手を振り、扉を閉めた。




