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妾の顔を見た男は、みな狂う。ただ一人、婚約者を除いて  作者: 佐藤みさき
第三章 氷雪の王 ユリウス

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またくるよな?

【Side: ユリウス】


 私は【父上】とは別に、侍従用の馬車に世話係と共に乗せられ、生まれて初めてヴァイセンドルフの家と領から出た。流れていく景色は初めて見るものばかりで、じっと車窓の外を眺めていた。


 皇宮という未知の場所に連れて行かれ、皇室の人々という未知の存在に会うらしいことに、不安はあった。それでも、本邸の使用人たちが言うには「名誉なこと」――つまり、いいことであるそうなので、それほど心配していなかった。

 それよりも、帝都のタウンハウスに着くまでは【父上】と関わらなくて良いが、皇宮に登城する際、最低限《謁(えっ)見(けん)の間》だけは【父上】と二人で入らなければならない、ということが一番心配だった。

【父上】は可能なかぎり私と関わりたくない様子だったし、それは私とて同じである。

【父上】は、少なくとも私から見て、よくわからない理由でしょっちゅう癇(かん)癪(しゃく)を起こす危険な存在だった。なにがそこまで不満だったのか、成長した今でも分からない。しいていえば、私の存在そのものが気に食わなかったのだろう。

 せめて侍従がついてきてくれれば、彼を宥(なだ)めてくれるので安心なのだが。


 そんな不安を抱えたまま、タウンハウスに到着後、一晩の休息をとったのち、皇宮に登城した。今度は【父上】と同じ馬車に乗せられてしまい、生きた心地がしなかったのを覚えている。一言もしゃべらず、微動だにせず、ただただ早く時間が過ぎることを願っていた。

《謁(えっ)見(けん)の間》の前で侍従と別れ、【父上】に手を引かれて入る。真っ赤な絨(じゅう)毯(たん)を見つめ、【父上】の歩幅に合わせて早足になりつつ、引きずられるようにして、無人の玉座前に辿(たど)り着(つ)く。

 教わった通り、跪(ひざまず)いて頭を垂れ、皇后陛下と皇女殿下のご入来を待つ。皇后陛下と思(おぼ)しき大人の女性の声が、【父上】と挨拶を交わす。頭を上げる許しが聞こえ、私は目線を上げた。


 そこには、天使が座っていた。


 皇后陛下の隣、少し小さな椅子に腰掛けた少女は、人とは思えないほど美しく、神(こう)々(ごう)しい存在だった。荘(そう)厳(ごん)な《謁(えっ)見(けん)の間》に差す光を受け、きらきらと光り輝く黄金の髪を揺らし、どこまでも深い湖のように青い瞳で、楽しげに私を見つめている。

 時が止まったように、私の思考は停止した。

 彼女が、ふわりと椅子から舞い降り、私の前でドレスの裾をつまみ、優雅に一礼する。背中に白い翼が生えていないことに気づき、どうして羽根がないのだろうと不思議に思った。

 彼女が口を開き、言葉をつむぐ。鈴が転がるような、美しい声が響いた。


【父上】に促され、私はようやく挨拶を受けたことに気づき、あわてて挨拶を返そうとした。練習したのに、とてもひどいものになってしまい、私は羞恥心で顔が熱くなる感覚を覚えた。【父上】を逆上させるかもしれない、という不安も同時にこみ上げる。


 しかし、彼が怒り出す前に、天使が私を連れ出してくれた。


***


 天使は、庭園を案内してくれた。白い馬や赤い花を指さし、私に何事かを教えてくれる。

 言葉じたいが覚え始めであることに加え、天使の美しさに気を取られるあまり、彼女の言葉をほとんど理解できなかった。ただ、屋敷で教わった通り「はい」とだけ答えた。

 しばらく過ごしたのち、彼女と共に庭のテーブルに着くよう促された。お茶と、黒い食べ物――とても甘い匂いがするので多分お菓子が、皇宮のメイドたちによって準備される。

 おいしそうな匂いを嗅いで、私は空腹を感じた。だが、【父上】にきつく言われた通り、一切手をつけずにいた。さきほどの私の失敗で既に腹を立てているだろうし、今以上に彼が怒る理由をつくりたくない。


 天使が、きれいな所作でお菓子にナイフを入れ、ぱくりと食べた。彼女は、光り輝くような笑顔をうかべ、お菓子のおいしさを楽しんでいた。

 出されたお菓子をあげるのは失礼だろうか、と考えた。こんなに喜んでくれるなら、私に出されたものも彼女に食べてほしい。

 悩んでいると、彼女が話しかけてきた。彼女の美貌にようやく頭が慣れてきたのか、彼女の言わんとすることを理解できるようになってきていた。


『けっこん』『およめさん』……。

 私は驚(きょう)愕(がく)した。こんなにも美しい天使が、私と結婚する?

 私は、つたない言葉で「大変光栄に存じます」と応じた。


***


【父上】と合流し、タウンハウスに帰る時間になったとき、天使――美しき皇女殿下、アナスタシア様は、かなしそうな顔で見送りに来てくれた。


「ユリウス、またくるよな? ぜったい、またきてね」


 頷(うなず)きたかったが、私がまたここに来られるかを決めるのは【父上】だ。彼の方を見上げると、【父上】はむすっとした様子で黙っていた。しかし、思っていたより怒っていなかった。

 私は、教わった通り「はい」とアナスタシア様に答えた。何を言われてもそう応じておけと、ヴァイセンドルフの屋敷で教わっていた。ブンブンと腕を大きく振る彼女に、私も小さく手を振(ぶ)り返(かえ)す。


 帰りの馬車でまた【父上】と一緒になり、きっと怒られると思っていたのだが、意外にも彼は静かなままだった。

 そうして何事もなく、私たちは見合いを終えて領に帰還した。


 私とアナスタシア様が正式に許婚(いいなづけ)となったことは、領に着いてすぐに届いた手紙で通達された。

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