気のせいだろうか
「いやー、わたしも腹立つなーとは思っていたんですけれど、ほらあの人たち、家の爵位はわたしより高いじゃないですか。だから、横っ面ひっぱたくわけにもいかないでしょう?
正直『面倒だなー』と思いつつ黙っていて、気が済むまで言わせてやってたんです。こっちが何か言うと、長引きますからね。『はやく終わらないかなー』って」
「なんだ。そなた、意外と気丈だな」
「そりゃあ、そうですよ! 意地悪な社交界にこれから割って入ろうっていう新興貴族が、繊細で打たれ弱かったらやっていけませんって」
「ははっ。では、妾の介入など無用であったか」
「いえいえ! とんでもございませんわ、アナスタシア様。お陰様で、早くコトが済みました。それに、アナスタシア様がお料理を沢山持っているのを見た、あの人たちの青ざめた顔ったら…! うっふふふふ、最っ高の見世物でしたよ」
「……まあ、安易に誹謗すると、おもわぬ人物を侮辱しかねない、という良い例だな」
「わたしもいい勉強になりましたわ。まったく、あの人たちみたいな連中に絡まれないように食事の時間をずらしたっていうのに、わざわざこっちに来るんですもの――」
「――それにしても、アナスタシア様が、こんなに素敵なお方だったなんて。わたし、歴史の古い貴族なんて全員イヤな奴らばっかりだし、その親玉の皇族もイヤな人たちに違いないって思ってました」
「おい、ぶっちゃけすぎだぞ。気をつけろ。そういう話は……今度、お茶会で聞こう」
「はい! えへへ、すみません。公爵家様から夜会のご招待をいただくなんて初めてで、おいしい料理のひとつも食べられれば御の字と思っていたのですが、まさか、皇女殿下のお茶会にご招待いただけるだなんて…!」
そのように妾たちが会話に盛り上がっている間、ユリウスは、時折飲み物や追加の料理を給仕に運ばせながら、ただ黙々と食事していた。運動量が多い十六歳の男性らしく、妾よりもずっと多く食べる。マナーに則って小綺麗に少量ずつ取っては、その分おかわりを重ねていた。
いかんな。妾に付き合わせるばかりで、せっかくの夜会なのに、ユリウスは妾以外とロクに会話していないのではないか。よく思い出してみれば、今夜、イザベラへの自己紹介の名乗り以外、本当に一言も他人としゃべっていない。
妾は、ユリウスにも会話の水を向けようとした。そのとき、カランカラン、と時を告げる鐘が鳴る。時計を見れば、もう終宴の時刻であった。
「おっと。もうこんな時間か」
「えっ? あっ、本当ですね。お話しするのが楽しくて、時間があっという間に過ぎてしまいましたわ。終宴まで居た夜会だなんて、今日が初めてかも」
「実は、妾もだ。事情があってのことだが」
「まあっ、うれしい。アナスタシア様とおそろいだなんて」
「うむ。悪いが、妾たちは先に退出せねばならない。じゃあな、イザベラ嬢」
「はい! 招待状が届くのを、楽しみにお待ちしております」
「ああ。ユリウス、行こう」
「はい、アナスタシア様」
彼を伴い、妾たちはダンススペースに向かった。ダンスの時間は終わり、エッセンバッハ公からの終宴の挨拶を聞こうと、参加者たちが集まっていた。
「ご来場の皆様。本日は、我が家の夜会にお越し頂き――」
――型どおりの挨拶が終わり、妾たちは先に退出をうながされる。
エッセンバッハ公爵家一家、それに参加者の貴族らに拍手で見送られ、妾たちは手を軽くあげて応じつつ、会場をあとにした。
馬車寄せへ向かう道すがら、妾は今宵を振り返った。挨拶回りも、イザベラとの縁も、ダンスの評判も、上出来と言っていい夜だったと思う。
しかし、ユリウスの機嫌の良さだけが、妾にはまだ理解しきれずにいた。
ダンスへの評判をこんなに喜ぶ彼を見るのは初めてだ。喜ばしいことのはずなのに、なぜか、そのはしゃぎ方の底に、なにかが沈んでいるという気がする。気のせいだろうか。
妾は、それ以上深く考えるのをやめ、迎えの馬車へと足を向けた。




