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妾の顔を見た男は、みな狂う。ただ一人、婚約者を除いて  作者: 佐藤みさき
第二章 看板娘のアンナ・シュタルク

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よく理解いたしました

 これまで代々有力貴族の当主とその家族たち。それに、昨今台頭しつつある新興貴族――己の実力で財を成し、婚姻などを通じて貴族入りしたばかりの者たち。いずれも、すべてをまとめ治める皇族からすれば、適度に関わり、把握し、この国への貢献につなげるべき相手である。

 当の本人たち同士、とくに己の立場を脅かされかねない旧来の貴族は、新興貴族に冷たく当たりがちだ。貴族の世界に限らず、変化には反発がつきものである。

 そして、変化を望む側にとっても、現状維持を望む側は邪魔に映るだろう。


 誰であれ、立ち止まることは許されない。世界も、周囲も変化していくのに合わせ、こちらも変わらねば滅んでしまう。

 だが、変化があまりに急すぎても、それはそれで滅びる。時間をかけて少量ずつ飲む毒には耐性がついても、短時間で一気に致死量を飲めば死んでしまうのと同じだ。

 大切なのは、変化と維持のバランスをとりながら、ゆくべき道を臣民に示し、導いていくこと。それもまた、皇族の役目である。


 そういうわけで、妾(わらわ)はユリウスを連れ、様々な派閥の者たちと順繰りに言葉を交わしていった。

 今(こ)宵(よい)できるのは、ちょっとした顔つなぎ程度だろう。妾(わらわ)は目隠しで顔を隠しているとはいえ、挨拶を交わし「話したことはある」知人になることくらいはできる。

 それでよい。千里の道も一歩からだ。


 エッセンバッハ公が気を回してくれたのか、今(こ)宵(よい)の夜会には新旧さまざまな派閥の貴族が招かれていた。おかげで、妾(わらわ)の社交は捗(はかど)った。


 ふと、近くに見覚えのある若者を見つけた。妾(わらわ)と同系統の金髪、碧(へき)眼(がん)、鍛え上げられた高い上背――ジークベルト・フォン・レーヴェンタール卿(きょう)である。

 それとなく避けようと思ったが、皇女の身では難しく、卿(きょう)はすぐにこちらへ気づいた。話し相手との会話を切り上げ、飲みかけのシャンパンを給仕に渡すと、右手を胸に当てて深々と礼をする。


「ごきげんうるわしゅう、皇女殿下、アーデルシュタイン侯。先日は、いたらぬ我が身に剣術をご指導くださり、誠にありがとうございました」

「あ、ああ。こちらこそ世話になった、レーヴェンタール卿(きょう)」


 妾(わらわ)は挨拶を返した。隣のユリウスは軽い会(え)釈(しゃく)のみを返す。


 卿(きょう)の婚約云(うん)々(ぬん)の要望は、妾(わらわ)が試合に勝った時点で無効のはずだ。だが、あのときの様子を見るに、まだ諦めはついていないだろう。

 ダンスの相手を求められるだろうか。枢密会議の決定でもあるので「ユリウス以外とは踊れなくなった」と伝えるだけだが、食い下がられるかもしれない――


「先に言っておくが、妾(わらわ)は、ユリウス以外とダンスは――」

「いえ! 滅相もございません。不肖ジークベルト、殿下とアーデルシュタイン侯の尋常ではな――いえ、大変に素晴らしいファーストダンスを拝見し、『殿下にふさわしいお相手はアーデルシュタイン侯をおいて他にいない』とよく理解いたしました」


 卿(きょう)が頭を素早く左右に振りながらそう言うので、身構えていた妾(わらわ)は拍子抜けし、ぽかんと口を開けてしまった。あわてて扇を広げ、口元を隠す。


「――それは、なによりだ。そなたにも良きパートナーが見つかることを願う。よい夜会を」

「はっ! ありがたき幸せ!」


 驚くほどあっさりと、レーヴェンタール卿(きょう)との会話は終わった。

 変に食い下がられても困るだけではあったが、どういう心境の変化であろう。


「なあ、ユリウス……」


 卿(きょう)が離れていくのを見送ったあと、妾(わらわ)は彼の意見を聞こうと目を向けた。

 するとユリウスは、ここ最近で一番の、きらきらと光り輝く笑顔を浮かべていた。

 おお、眩(まぶ)しい。あまりの眩(まぶ)しさに、妾(わらわ)は思わず目を細める。


「はい、アナスタシア様」

「そなた、その。なにか機嫌がいいな。どうかしたのか」

「ええ、その。先ほどのファーストダンスが、予想以上に好評だったようで嬉(うれ)しく思いまして」


 そう言って、にっこりと目を細める。整った顔で嬉(うれ)しそうに笑われると、こちらの心臓が落ち着かなくなってしまう。


「是非、今後ともファーストダンスを引き受け、あの大会ステップを披露いたしましょう。ワルツだけでは心(こころ)許(もと)ありませんね? 他の曲にも対応できるよう、アナスタシア様のお時間がとれる際に練習いたしましょうか」


 びっくりするほどユリウスが乗り気だ。急にどうしたことだろう。彼は、ダンス自体はさほど好きではなかったはずなのだが。

 観衆からの高評価を得て、今になって目覚めたのだろうか。


「…そ、そうだな。『また掟(おきて)破りな真(ま)似(ね)をして』と、ベルンシュタイン夫人やアーベントロートあたりに叱られて止められることがなければ」

「もし止められるようでしたら、私からも説得いたします」


 乗り気だ。すごく乗り気だ。本当にどうしたことだろう。


「ふふっ……。次の夜会も、楽しみでございますね」


 ユリウスは、口元に指をあて、ニコニコと嬉(うれ)しそうに呟(つぶや)いていた。

 その笑みの奥に、妾(わらわ)が知らないなにかが潜んでいる気がしたが、うまく言葉にできず、妾(わらわ)はそのままユリウスとともに、次の挨拶相手のもとへ向かった。

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