↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妾の顔を見た男は、みな狂う。ただ一人、婚約者を除いて  作者: 佐藤みさき
第二章 看板娘のアンナ・シュタルク

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/33

ジジイは小便よりも木こり

 アーベントロートは、薄い眉を寄せ、こめかみを揉(も)みほぐしながら、いつもの低く抑揚のない声で妾(わらわ)に問いかけた。


「平民に扮(ふん)し、平民区画にお通いになりたいとか」

「そうだ」

「考え直すつもりは」

「ないな」

「皇后陛下がご反対なさっていても…」

「変わらない」


 口上を事前に打ち合わせたかのように、妾(わらわ)達(たち)は流れるようなやり取りをする。

 アーベントロートは、不満を隠そうともせず、大きく息を吸って、思いっきり大きく溜(た)め息(いき)を吐いた。妾(わらわ)は、キュッと唇を引き結び、小首をかしげる。


「…その顔やめてください」


 アーベントロートが、せめてもの抵抗とばかりに言うので、引き結んでいた唇は出してやった。


「侍女殿らにも協力してもらいます。平民の扮(ふん)装(そう)や言動、振る舞いには、当の平民よりも、潜入捜査の専門家を頼るのがよろしいでしょう。“蒼(そう)翼(よく)隊(たい)”にも、変装して護衛するよう、話をつけます。必要な服、身分証明書、戸籍なども、すべて、こちらで手配させましょう」

「うむ、任せる」

「ですから、絶対に、おひとりでは行かないでください。多くの人間を動かします、準備も多くございます。お時間を頂戴することになりますが、絶対に、ぜったいに、抜け出したりなさいませんよう。絶対に、おひとりでは行かないでください」


 大勢動かすことがそれほど問題なら、妾(わらわ)が自分ひとりで…と、内心で一瞬よぎるが、絶対に声には出さない。それを口に出したら最後、アーベントロートからの長い長い説教をくどくどと受けることになるからだ。

 妾(わらわ)は、頷(うなず)いて「承知した」とだけ応じた。


 アーベントロートは、考えを巡らせるように目を細め、天井のあたりに視線を走らせて、しばらくののち、大きな溜(た)め息(いき)をまたひとつ吐いた。


***


 いざ、平民になりすますという目標ができると、学ぶことも増えた。平民の暮らしぶり、服装、物価、言葉づかい、住居構造の違い、などなど。

 それに、みずから貨幣を取り扱い、買い物だってできる必要がある。普段のように、欲しいものをただ選んで持って行ったら、盗(ぬす)人(びと)となってしまう。


 教師には、アーベントロートの手配した隠(おん)密(みつ)調査員だという女性が来た。赤茶の豊かな髪をなびかせた、中々の美形である。名は、ヴァレンティーナといった。元は平民で、一代男爵位を賜った身とのこと。

 いわゆる“皇室の影”を担う組織の一員らしい。直接関わることはないので、よくは知らないが。


 化粧指導や服の試着などもあるため、試着の間に彼女を招き、侍女ともども指導を受けた。通常は仕立屋などの業者を招く部屋で、採光がよく、着替え用の衝(つい)立(たて)や、大きな姿見のある場所である。


「はーい、復習です。お財布にグランツ金貨は~?」

「いれてはいけない」

「正っ解~。ゼルネ銀貨は~?」

「多くとも10枚まで」

「はーい、大正解~。平民の年収はですねー、技量の高い職人で120ゼルネ、給仕は40から60ゼルネくらいですー。

 安全のために、あんま大金もちあるかないでくださいねー。金ぬすまれる分には痒(かゆ)くもねーと思うんッスけど、身の代金狙いでね、姫様本人が誘拐とかされっとヤベーんで~」

「うむ!」

「さっすがですね~。マージで、一回きいたら即覚えますね~。超スゲーっす、パネェっすわ。ソンケーしちゃいます~~」


 化粧台の前に座り、ヴァレンティーナに化粧を施されながら、彼女とそのような会話を交わした。

 生まれが平民の教師に教えをうけるのは初めてだが、言葉づかいや口調が貴族と全然ちがっていて、聞いたことのない言葉も多い。今、褒められているのはなんとなくわかる。


 ヴァレンティーナが、大きめのメイクブラシでポフポフと妾(わらわ)の顔を撫(な)でる。すると、みるみる、妾(わらわ)の人相が変わっていく。


「いや~。あーし、貴族のフリしてぇ、貴族の夜会に潜入~は、したことあんスけどぉ~。逆に、ホンモノのお姫様、平民に化けさす日が来るとか思わんスよ~。

 なんつうんですっけ、こういうの。“ジジイは小便よりも木こり”?」

「“事実は小説よりも奇なり”だな。無理を言ってすまん」

「いやいや、ムリとかはねーすよ? マジで。あーし、平民ガオのがいっぱい見てっし。んまぁ、しいていえば、この爆裂アゲアゲ超絶美少女フェイス、ど~~にか、イモに見せるのが難しいッスけどぉ~。まあ、あーしに任してくださいよ」

「うむ!」


 肌色を濃く、不均一に日焼けしたような色味が足され、さらに、ぽつぽつとソバカスが足されていく。


「美人をブスにすること、あんまねーし聞かないッスけどぉ。ようするに、ブスを美人に見せるのの逆をね? やったったらいいわけで~~。そっちは、お手のモンですからよ? あーしに任したら完璧ってわけ。……おっし! どっすか!」


 ヴァレンティーナが、さっと身を離し、妾(わらわ)に鏡がよく見えるようにしてくれる。


「おお……!」


 そこには、まったく別人としか思えない、なんというか、……野(や)暮(ぼ)ったい、というのだろうか? そんな、平民っぽい少女の顔があった。

 目元も、本来の妾(わらわ)は吊(つ)り目だが、化粧で垂れ目に変えられており、それが特に印象を変えてくれている。


「これが……妾(わらわ)……?」

「ちょ、ウケる。それ、美人になったときに言うセリフ」


 ヴァレンティーナがケタケタと笑いながら言う。言われてみれば、恋愛小説などでは、そうだったかもしれん。


「みな、見てくれ。どうだ?」


 妾(わらわ)は振り返り、控えていた侍女らに化粧後の顔を見せた。鏡台越しに確認していたのか、すでに驚きの顔で見つめ返されていた。


「まったくの別人ですわ!」

「わたくし達(たち)ですら、姫様と分かりませんわ!」

「ええ、ええ、とっても平民らしい人相ですわ!」

「姫様の美貌が7割がた抑えられておりますわ!」

「これなら誰にも分かりませんわ!」


 そのように口々に言い、ぱちぱちと賞賛の拍手をヴァレンティーナに向ける。

 妾(わらわ)も一緒になって彼女に拍手を送ると、ヴァレンティーナは「でへへ」と言いながら頭をかいて照れた。


「まーね! えっへへ。大妖精って呼んでくれてもいッスよ」


 ヴァレンティーナは、有名な童話を引用しながら、そのように応じた。

 童話の中では、とある舞踏会に行くことを望んだみすぼらしい少女が、大妖精の魔法で身なりを一変させ、ふさわしい服装となって望みを果たす。ただし、その状態が維持されるのは、夜中の12時の鐘が鳴り終わるまでだ。


「さらにさらにー? あーしの魔法は、夜の12時になっても解けないッス!」


 そう言うと、ヴァレンティーナは「目と口とじてください~」と言ったのち、なにやら霧吹き容器の液体を妾(わらわ)の顔に吹き掛けた。


「これはですね~、メチャメチャ強力なコスメキーピング剤ッス。お手持ちかもしれないッスね。これ超ヤバくて、汗でも水でもバリ弾いて、化粧ぜったい落とさせないんスよ。3日くらいはもちます。落とすときは、コレ専用のクレンジングつかって落とします。マジで他なにしても落ちないんでー。

 あーしからすっと、どっちも超たけーんすけど、“影”の経費でるから超つかっててー。なんかぁ、屋(おく)外(がい)のイベント? まぁつまり、日が当たって汗でそうなとこ? 行くときとかの貴族の奥様やー、お嬢様たちにもちょー人気らしいッスわ」

「おお、すごいな」


 それらのコスメキーピング剤とやら、および専用クレンジングはあるのか? と、侍女たちに目配せを送ってみると、レオノーラがすかさず頷(うなず)いた。どうやら、既に買い置きがあるようだ。


 化粧が決まったあと、ウィッグと衣装も合わせた。ヴァレンティーナが用意してくれたものを幾つか試してみて、最終的に、平民によく出現する明るい赤毛と、体のラインを出さない古着のワンピースを選ぶこととなった。

 それから、ヴァレンティーナがいなくとも同じ化粧を再現できるよう、妾(わらわ)の顔を使って何度か化粧を塗り直させつつ、侍女らに塗り方や手順を覚えてもらう。

 こうして、“アンナ・シュタルク”の人物像は形成されていった。


「オトコどもが見て例の問題が起きないかどーかはー、宰相閣下が“消えてもいい人間”用意して、試してくれるらしいッス! 問題なきゃ、これでいっちゃってください!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。