第24話「穏やかな否定」
大司教クロード・ヴァルモンとの謁見は、三日後に設定された。
セラが書簡を送ると、翌日に返答が来た。「いつでも歓迎します」という一文と日時の指定だけだった。
「一人で行くつもりですか」
遥が聞くと、セラが少し考えて答えた。
「……一緒に来てもらえますか」
「はい」
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白骸廟は相変わらず静かだった。
晴れているのに、内部は薄暗い。天井が高くて、光が届かない場所が多い。
案内された応接室には、クロードがすでに座っていた。
穏やかな笑顔。黒い聖服。白い手。何も変わっていない。
「セラ。久しぶりですね」
「叔父様。お時間をいただいて——」
「構いません。座りなさい」
クロードの視線が遥に動いた。
「霧島遥さん。今日もお付き合いいただいたのですね」
「セラが一人で来ることを心配しましたので」
「ふふ。優しい方だ」
笑顔のまま、クロードが手を組んだ。
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セラが帳面を取り出した。
「血施院の帳簿について確認したいことがあります」
「どうぞ」
「聖脈剤の投与量が、三ヶ月ごとに増加しています。同時期に回復率が下がっています。なぜですか」
クロードが一度だけ目を細めた。
「医療の改善のためです」
「改善ですか」
「はい。患者の状態に合わせて、投与量を適切に調整しています。医療は常に進化しています」
「回復率が下がっているのは——」
「測定方法が変わったためです。より厳密な基準を設けましたので、数値が低く出るようになりました」
答えが早かった。用意していたようだった。
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「強化調合V3という記述について教えてください」
クロードの笑顔が、一瞬だけ止まった。
ほんの一瞬だ。でも確かに止まった。
「……それはどこで」
「補助帳簿に一行だけ記述がありました」
「補助帳簿は確認したのですか」
「帳簿業務の確認は、補助作業員の正式な業務の範囲内です」
クロードが笑顔を取り戻した。
「そうですね。失礼しました。V3というのは調合の改善番号です。より効果的な配合を研究した結果の呼称で、詳しいことは専門的な領域で——」
「依存性を高める方向の改良はされていますか」
クロードが遥を見た。
遥は答えを待った。
「……霧島さん」
クロードが静かに言った。
「あなたは医療について詳しいですか」
「詳しくありません」
「そうですね。医療は複雑です。単純な数字だけでは全体が見えないことがあります」
「それは理解しています。ただ——」
「セラ」
クロードがセラに向き直った。
「あなたは良い子です。正しいことを確認しようとすることは、悪いことではありません。ただ——調べ物はほどほどにしなさい。あなたが見ている部分は、全体のほんの一部です」
「……叔父様」
「それから——」
クロードが立ち上がった。
「記録室への接触は規定外の行為です。主任司祭からの報告が上がっています」
セラが声を詰まらせた。
「入ろうとしただけで——」
「規定は規定です。厳しく言うつもりはありません。ただ、ナザリア姉妹長に話が行っているかもしれません」
穏やかな声だった。
だから余計に、怖かった。
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神殿を出たとき、セラが黙っていた。
廊下を歩きながら——またセラが迷子になりかけた。
前回も同じ場所で止まっていた。
「こっちです」
遥がセラの腕を引いた。セラが引っ張られながら少し転んだ。
「あ、ありがとうございます」
「出口はこちらです」
「……分かりました」
正門を抜けて、聖区の石畳に出た。
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セラが足を止めた。
「……信じてもらえませんでした」
「はい」
「叔父様は否定しました」
「そうですね」
「でも——私は、違うと思います」
遥はセラを見た。
穏やかな顔ではなかった。でも取り乱してもいなかった。
何かを決めようとしている顔だ。
「コピーは大切にしてください」
「はい」
「今夜中に——安全な場所に保管した方がいいと思います」
セラが遥を見た。
「それは——この先、何かが起こると思っているからですか」
「確認できていないことが多すぎます。でも——あの方が笑顔を崩した瞬間がありました」
「……『強化調合V3』のところで」
「はい」
セラが頷いた。
小さな、でも確かな頷きだった。
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帰りながら、遥は白骸廟の方向を振り返らなかった。
でも——聖脈精製室の方向から、また規則的な音がした気がした。
前回よりも少し大きい。
前回よりも少し、聞こえやすい。
【変えられた。変えられた。誰かが——計画している】
遥は石畳を歩き続けた。
「今夜中に記録を確保しましょう」
「……はい」
セラの返事は、短かった。




