表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転移した俺の覚醒度が測定不能だった  作者: 明日の今日
第二幕「覚醒度の代償」
24/25

第24話「穏やかな否定」

 大司教クロード・ヴァルモンとの謁見は、三日後に設定された。


 セラが書簡を送ると、翌日に返答が来た。「いつでも歓迎します」という一文と日時の指定だけだった。


「一人で行くつもりですか」


 遥が聞くと、セラが少し考えて答えた。


「……一緒に来てもらえますか」


「はい」


---


 白骸廟はっかいびょうは相変わらず静かだった。


 晴れているのに、内部は薄暗い。天井が高くて、光が届かない場所が多い。


 案内された応接室には、クロードがすでに座っていた。


 穏やかな笑顔。黒い聖服。白い手。何も変わっていない。


「セラ。久しぶりですね」


「叔父様。お時間をいただいて——」


「構いません。座りなさい」


 クロードの視線が遥に動いた。


「霧島遥さん。今日もお付き合いいただいたのですね」


「セラが一人で来ることを心配しましたので」


「ふふ。優しい方だ」


 笑顔のまま、クロードが手を組んだ。


---


 セラが帳面を取り出した。


血施院けっせいいんの帳簿について確認したいことがあります」


「どうぞ」


聖脈剤せいみゃくざいの投与量が、三ヶ月ごとに増加しています。同時期に回復率が下がっています。なぜですか」


 クロードが一度だけ目を細めた。


「医療の改善のためです」


「改善ですか」


「はい。患者の状態に合わせて、投与量を適切に調整しています。医療は常に進化しています」


「回復率が下がっているのは——」


「測定方法が変わったためです。より厳密な基準を設けましたので、数値が低く出るようになりました」


 答えが早かった。用意していたようだった。


---


「強化調合V3という記述について教えてください」


 クロードの笑顔が、一瞬だけ止まった。


 ほんの一瞬だ。でも確かに止まった。


「……それはどこで」


「補助帳簿に一行だけ記述がありました」


「補助帳簿は確認したのですか」


「帳簿業務の確認は、補助作業員の正式な業務の範囲内です」


 クロードが笑顔を取り戻した。


「そうですね。失礼しました。V3というのは調合の改善番号です。より効果的な配合を研究した結果の呼称で、詳しいことは専門的な領域で——」


「依存性を高める方向の改良はされていますか」


 クロードが遥を見た。


 遥は答えを待った。


「……霧島さん」


 クロードが静かに言った。


「あなたは医療について詳しいですか」


「詳しくありません」


「そうですね。医療は複雑です。単純な数字だけでは全体が見えないことがあります」


「それは理解しています。ただ——」


「セラ」


 クロードがセラに向き直った。


「あなたは良い子です。正しいことを確認しようとすることは、悪いことではありません。ただ——調べ物はほどほどにしなさい。あなたが見ている部分は、全体のほんの一部です」


「……叔父様」


「それから——」


 クロードが立ち上がった。


「記録室への接触は規定外の行為です。主任司祭からの報告が上がっています」


 セラが声を詰まらせた。


「入ろうとしただけで——」


「規定は規定です。厳しく言うつもりはありません。ただ、ナザリア姉妹長に話が行っているかもしれません」


 穏やかな声だった。


 だから余計に、怖かった。


---


 神殿を出たとき、セラが黙っていた。


 廊下を歩きながら——またセラが迷子になりかけた。


 前回も同じ場所で止まっていた。


「こっちです」


 遥がセラの腕を引いた。セラが引っ張られながら少し転んだ。


「あ、ありがとうございます」


「出口はこちらです」


「……分かりました」


 正門を抜けて、聖区せいくの石畳に出た。


---


 セラが足を止めた。


「……信じてもらえませんでした」


「はい」


「叔父様は否定しました」


「そうですね」


「でも——私は、違うと思います」


 遥はセラを見た。


 穏やかな顔ではなかった。でも取り乱してもいなかった。


 何かを決めようとしている顔だ。


「コピーは大切にしてください」


「はい」


「今夜中に——安全な場所に保管した方がいいと思います」


 セラが遥を見た。


「それは——この先、何かが起こると思っているからですか」


「確認できていないことが多すぎます。でも——あの方が笑顔を崩した瞬間がありました」


「……『強化調合V3』のところで」


「はい」


 セラが頷いた。


 小さな、でも確かな頷きだった。


---


 帰りながら、遥は白骸廟の方向を振り返らなかった。


 でも——聖脈精製室の方向から、また規則的な音がした気がした。


 前回よりも少し大きい。


 前回よりも少し、聞こえやすい。


【変えられた。変えられた。誰かが——計画している】


 遥は石畳を歩き続けた。


「今夜中に記録を確保しましょう」


「……はい」


 セラの返事は、短かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ