第25話「居場所」
呼び出しは二日後に来た。
セラが書簡を受け取って、顔が少し青ざめた。差出人は「清浄姉妹会・長・ナザリア」だった。
「行かなければならないですか」
「呼び出しは規定上、応じる義務があります」
「……分かりました」
セラが書簡を折り畳んだ。
遥は「一人で行くな」と言おうとした。
でもセラが「これは私一人の問題です」と先に言った。
「……分かりました」
---
セラが出た後、遥は少し待って、後を追った。
理由は特にない。ただ——待っている方が難しかった。
---
清浄姉妹会の集会所は聖区の裏通りにある。
白い建物。小さな窓。外からは何も聞こえない。
遥は建物の前の通りに立って、ただ待った。
三十分くらい経った。
扉が開いて、セラが出てきた。
廊下に出たセラは——遥を見て、一度だけ瞬きをした。
「……来ていたんですか」
「はい」
「聞こえましたか」
「外からなので全部は聞こえませんでした。でも——ナザリア長から何か言われましたよね」
セラが頷いた。
「補助業務の停止を言い渡されました。今月いっぱいで——血施院の帳簿業務は外れることになります」
---
二人で通りに出た。
「……どこに行くんですか、セラ」
「分からないです」
「分からない?」
「……清浄姉妹会の宿舎には、戻りにくいです。帳簿のコピーを持っています。それが——何かの理由にされそうで」
遥は少し考えた。
「じゃあ来てください」
「え?」
「古鍛冶場に」
セラが止まった。
「……そんなに簡単に言うものじゃないです、それ」
「空き部屋はあります。ガルドール院長に確認します」
「でも——」
「聖痕院に居候の前例があります。記録もあるはずです」
「でも私は聖痕者じゃないですし——」
「来てください」
セラが少し考えた。それから少しだけ笑った。
「……遥さんって、意外と強引ですね」
「そうですか?」
「そうです」
でもセラは来た。
---
古鍛冶場に着くと、イグニスが門のところで装備の手入れをしていた。
遥とセラを見て、視線が止まった。
「何だ」
「ガルドール院長はいますか」
「いる。なんで連れてきた」
「居場所がなくなりました」
イグニスが眉を上げた。
「こいつが?」
「はい」
「……はあ?」
---
ガルドールは食堂にいた。
椅子に座って、古い書類を読んでいた。遥とセラが入ってきたのを見て、書類から目を上げた。
セラが一歩前に出た。
「……ここにいてもいいですか」
沈黙。
ガルドールが遥を見た。遥がうなずいた。
ガルドールが立ち上がった。棚から台帳を取り出した。
「名前を書け」
「……え?」
「台帳だ。居候の記録に署名が要る」
セラが台帳を受け取った。ページを開いて、一番最初の署名を見た。
「あ——これって……」
「はい」
「遥さんの直筆ですよね!!」
「署名ですので」
「すごい! 保存状態が——あ、失礼しました。自分も書きます」
セラが署名した。ガルドールが台帳を受け取って棚に戻した。
「食事は自分でどうにかしろ」
「は、はい」
---
食堂にいた他の聖痕者たちが、一応セラを見た。
誰も何も言わなかった。
遥が「聞こえなかったわけじゃないと思いますよ」と小声で言うと、セラが「……そうですよね」と小声で答えた。
廊下から足音がして、イグニスが入ってきた。
遥とセラを交互に見た。
「……一つだけ言う」
「はい」
「毎朝の訓練には参加しろ。聖痕院に身を置くなら、最低限の動きは覚えろ」
セラの目が輝いた。
「……!」
イグニスが視線を逸らした。
「返事はいらない。明日から来い」
それだけ言って、廊下へ戻っていった。
---
その夜、セラが空き部屋に荷物を移した。
荷物は少なかった。修道服が二枚と、帳面と、小さな本。
荷物を置いてから、セラが廊下に出てきた。
遥がいると気づいて、少し驚いた顔をした。
「……ここにいていいか、確認しに来ましたか」
「いていいですよ」
「……ありがとうございます」
セラが小さく笑った。
遥は廊下を見た。食堂の方から、誰かが動く音がする。いつもの夜の古鍛冶場だ。
変わったのは——人が一人、増えただけだ。
廊下が少し広くなった気がした。
それと同時に——どこかで、何かが動いた気がした。
【居場所が増えた。ならば——扉も、また一枚】
声が短く入ってきた。
遥は廊下を歩き始めた。




