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異世界転移した俺の覚醒度が測定不能だった  作者: 明日の今日
第一幕「廃都の聖痕者」
17/25

第17話「悪夢夜前夜」

予約投稿は、予め定めてないとできないらしいですね。

初めて知りました。

はい、初めて。

 三日前から、廃域はいいきの報告が変わり始めた。


 堕聖体だせいたいの出没数が倍になった。昼間の目撃が増えた。群れで動く場面が確認された。そして昨日——一体が壁の内側まで迷い込んだ。


 今日、聖痕院せいこんいんは厳戒態勢に入った。


---


 古鍛冶場ふるかじばの食堂に、聖痕者せいこんしゃ全員が集められた。


 イグニスが地図を広げた。「明日が悪夢夜だ」


 正確には大啓示夜だいけいじやではない。大啓示夜だいけいじやは百五十年前の歴史的惨事だ。こちらは月相が最も細くなる夜に堕聖体だせいたいの行動が激化する、定期的な現象だった。聖痕院ではそれを「悪夢夜」と呼んでいた。


「廃域の出没数が通常の三倍以上になっている。壁内への侵入も増える見込みだ。全員、明日の夜明けまで待機」


 返事はなかった。皆、黙ってうなずいた。


 遥は地図を見た。廃域から古鍛冶場まで、直線距離で五百メートルほどだ。壁があるとはいえ、遠くはない。


---


 昼過ぎ、セラフィーナが来た。


 両手に大きな袋を二つ持っていた。一つは食材だった。もう一つも、食材だった。


「非常食を用意しようと思って。悪夢夜は長くなることがありますから、食べるものがないと困るって——以前聖痕院の方に聞いて」


「……それ、何人分ですか」


「ええっと」


 セラが袋を床に置いて、中を覗いた。豆の袋が五つ。乾燥肉が三固まり。根野菜が十個。芋の粉が二袋。乾燥果物がまた別の袋に山ほど入っていた。


「……少し計算を間違えたかもしれないです」


「何人分ですか」


「……三十人から、四十人くらい」


 古鍛冶場の聖痕者は全員で十二人だった。


「セラさん。毎回——」


「捨てるのは嫌です! 食べればいいじゃないですか!」


---


 夕方、食堂が賑やかになった。


 セラが鍋を二つ並べた。手伝いに入った若い聖痕者が二人、野菜を切り始めた。誰かが「この芋の粉、どうやって使うんですか」と聞き、「混ぜて揚げればいいんです!」と返ってきた。うまくいくかどうかは、そのときは分からなかった。


「スープうまっ」


「揚げたやつ、外がかりっとしてるね」


「もう一杯いいですか」


「どうぞ! まだ大量にあります!」


 セラが鍋を持ったまま食堂を回っていた。笑顔が眩しい。普段は非常時の前日にこれほど騒がしくなることはない。でも食べ物があって人が集まると、どうしても声は上がる。


 遥は端の席に座って食べていた。


 気づいたら、隣にイグニスが座っていた。


 いつ来たのかは分からなかった。皿を持っていた。食べていた。特に何も言わなかった。


 セラが大きな鍋を運んできて、「あ、遥さんとイグニスさんも!」と言ってスープを足してくれた。その顔が少し嬉しそうだった。


 遥は「ありがとうございます」と言った。イグニスは何も言わなかった。でも皿を差し出した。


 食堂の喧騒の中で、壁際の二人のところだけが静かだった。


 それでいい気がした。


---


 夜になって、食堂が静かになったころ。


 ガルドールが遥を呼びに来た。「少し来い」


 中庭に出て空を見ると、月が細かった。白い光が地面に薄く落ちている。風が止まっていた。


 ガルドールが空を見たまま、少し間を置いてから言った。


「お前の力について、話す必要がある。ずっと先送りにしてきた」


 遥は何も言わなかった。ずっとそれを待っていたから。


「だが今夜はまずい。明日の朝にする」


「……今夜、何かがある気がするのですか」


 ガルドールが遥を見た。「何もないといいがな」


 それだけ言って、中に戻っていった。


---


 部屋に戻っても、眠れなかった。


 窓から空を見た。月が低い位置にある。異様に細い。


 廊下の向こうで声がした。「学院から使者が来ました。観測術式かんそくじゅつしきに異常が——これは——」という声が続いて、扉が閉まった。


 夜半を過ぎたころ。


 空に光が走った。


 星ではない。稲妻でもない。細い白い線が、一瞬だけ空に刻まれた——見えない何かが、高いところから地面へ向かって引いたように。それが消えて、また静かになった。


 声が聞こえた。


 夢の中ではなかった。覚醒度インサイトの声が、起きたまま、はっきりと響いた。


 すべての声が、一瞬だけ同じことを言った。【とびらが——】


 遥は立ち上がった。


---


 警鐘が鳴った。


 古鍛冶場の鐘が、短く。続けて、長く。また短く。繰り返し。


 廊下が騒がしくなった。走る足音。装備をつける音。誰かが「東側だ!」と叫んでいた。


 扉が開いた。イグニスだった。全ての装備を付けている。短刀が二本、腰にある。


「来るな」


「分かりました」


 イグニスが一瞬、止まった。遥を見た。


「——ついてこい」


 遥は荷物を掴んで走り出た。


 夜明けは来なかった。


 月相の悪夢夜は、予定より一日早く始まった。

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