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異世界転移した俺の覚醒度が測定不能だった  作者: 明日の今日
第一幕「廃都の聖痕者」
16/25

第16話「三者の思惑」

 午前中から、古鍛冶場ふるかじばがざわついていた。


 廊下に聖痕者せいこんしゃたちが集まって、声を落として話している。昨日まで三件だった依頼の掲示が、今日は八件になっていた。


 朝の訓練を終えて中庭に戻ると、イグニスが腕を組んで立っていた。空を見上げていた。


廃域はいいきが変わってきた」


 誰に言うでもなく、呟くような声だった。


「変わった、というのは」


堕聖体だせいたいの動き方だ。夜にしか出ない個体が、昼間に目撃されている。それだけじゃない——複数が同じ方向に動いていた。あいつらに群れる習性はない。何かに引きつけられている」


 遥は頷いた。


「廃域の深部の方向ですか」


 イグニスが少し目を細めた。「……なんで分かる」


「リーセさんのデータと、合わせると、そうなります」


 イグニスが黙った。否定はしなかった。


---


 その日の昼過ぎ、霊眼学院れいがんがくいんのリーセが来た。


 受付に立ち寄らず、訓練場の脇に直接現れた。羊皮紙の束を両腕で抱えている。眼鏡の奥に、普段より少し鋭い色があった。


「直近三十日の観測記録だ。学院の術式で測定した」


 資料を広げた。細かい数値と図表が並んでいる。


「廃域内の聖脈せいみゃく反応が、一ヶ月ごとに増加している。三ヶ月前から急激だ。増加率は均一ではない——深部ほど数値が高い」


 遥は図を指でなぞった。数値は読めた。読めたから、余計に感触が悪かった。


「この増加、聖痕院には共有していますか」


「今日のお前が最初だ。院長への報告はこれから」


 リーセが書類を畳んだ。「学院から教会には先週届けた。返答はない」


「教会からの返答が——ない」


「そうだ」


 短く、乾いた答えだった。


---


 夕方、用件で市民区しみんくを歩いた。


 大通りの真ん中に、人だかりができていた。


 白鎧の聖脈騎士団せいみゃくきしだんが三名、霊眼学院の研究員と向かい合っている。声は聞こえないが、雰囲気は分かった。双方の肩に力が入っていた。


 通行人が迂回している。目を伏せて、足早に通り過ぎていく。見て見ぬふりの仕方が、慣れているように見えた。


 遥はその横を通った。誰も声をかけなかった。


---


 翌朝。


 古鍛冶場の中庭で資料を整理していると、足音がした。


「遥さん!」


 セラフィーナだった。少し駆け足で来ていた。


「今日、血施院けっせいいんの手伝いをお願いできますか。患者が増えていて、人手が……」


「行けます」


「よかった! では午後に——」


「待て」


 声がした。


 イグニスが中庭の入口に立っていた。腕を組んで、セラを見ている。


「今日は訓練だ」


「え、でも——」


「スケジュールは前から決まっている」


 セラが困った顔をした。


 そこへ、さらに音がした。


 塀の際から、白衣の人影が入ってきた。リーセだった。資料を抱えている。


「霧島遥。昨日話した照合作業だが、今日の午後が都合いい。無限架むげんかに来てくれ」


「……今日はわたしが先にお願いしていました」とセラが言った。


「私は昨日話した」とリーセが言った。


「訓練が優先だ」とイグニスが言った。


 三人が、それぞれ別の方向を向いたまま、互いを見合った。


 空気が固まった。


 遠くで鳩が鳴いた。


「……俺の事情は、聞かないんですか……」


 三人が同時に遥を見た。


---


 結局、午前は訓練、昼はリーセの照合作業、夕方はセラの手伝い、という三分割になった。


 誰も「それでいい」とは言わなかった。けれど誰も「だめだ」とも言わなかった。


 遥は自分が何かの中心にいる気がしたが、何の中心なのかは分からなかった。


 最後の手伝いを終えて血施院を出たセラが、帰り道に言った。


「なんか今日、三人で変な感じでしたね」


「そうでしたね」


「……何が変だったか、分かりますか?」


「みんな忙しそうだったので、俺の時間配分の問題かと」


 セラが少し間を置いた。


「……そうですね! そういうことですね!」


 なぜか声が大きくなっていた。


---


 夜、遥は一人で外に出た。


 空を見上げた。


 月が、細かった。


 昨日より、確実に欠けている。三日月よりもさらに薄い、糸のような弧。でも明るかった。白すぎるほど白く、周囲の星を薄くさせるような光を放っていた。普通の月の光ではなかった。


 【また薄くなった。また一枚、皮が剥げた】


 声は短かった。すぐ消えた。


「遥」


 振り返らなくても分かった。


 ガルドールが隣に来ていた。いつの間に、という間合いだった。老人は遥と並んで、空を見上げた。


 しばらく、二人で月を見た。


 老人は何も言わなかった。


 遥も何も言わなかった。


 やがてガルドールが、小さく呟いた。


「そろそろだな」


 遥は月を見たまま聞いた。


「何が、そろそろ何ですか」


 老人は答えなかった。ただ夜空を見続けた。片目が、細い月の光を受けていた。

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