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異世界転移した俺の覚醒度が測定不能だった  作者: 明日の今日
第一幕「廃都の聖痕者」
15/25

第15話「名もなき詩人」

 白骸廟はっかいびょうから戻って二日が経った。


 その日の夕方、訓練を終えて古鍛冶場ふるかじばの外に出ると——路地の角に、人が座っていた。


 低い石壁の上に腰かけて、何かを食べている。金色の髪が風に揺れていた。道化師めいた衣装が夕暮れの光を受けて、そこだけが舞台の上のように明るい。


 神殿の回廊で見た人だ。


 こちらに気づいて、にこりとした。


「やっと来ましたね。霧島遥さん」


「……待っていたんですか」


「少しだけ。座りますか?」


 遥は石壁の端に腰を下ろした。路地に人影はない。古鍛冶場の中からは訓練の音が聞こえていた。


「お名前を聞いてもいいですか」


「アウロラ・ダスク、と名乗っています」


「名乗っている、というのは」


「——ふふ。いい質問ですね」


 笑顔のまま、何も答えなかった。


---


「あなたのことを、三人が気にしていますよ」


 突然、アウロラが言った。


「知っていましたか?」


「……誰ですか」


 アウロラが遥を見た。じっと、表情を読むように。


「本当に分からないんですね」


「分かりません」


「——ふふ。それが一番、罪というものですよ」


 遥は何を言われているのかよく分からなかった。アウロラはそれ以上説明しなかった。楽しそうに空を見上げた。


---


「星の悪夢ほしのあくむという言葉は知っていますか」


 遥は少し考えた。「神域存在しんいきそんざいの一種だ、と聖痕院の人間から聞いたことがあります。詳しくは知りません」


「そうです。夢と現実の境界に棲む巨大な意識体——直接触れれば精神が崩壊する。でも」


 アウロラが遥の方を向いた。


「あなたくらいの覚醒度インサイトなら、もうずっと前から声が聞こえているはずですよ。複数の声が、夜に」


 遥は答えなかった。


「答えないということは、聞こえているということですね」


「……何がしたくて、教えてくれるんですか」


「別に、何も」アウロラは目を細めた。「知っておいた方がいいと思っただけです。あなたが聞いているのは星の悪夢の断片です。封じられているから届く声は小さい——でも、封印が緩めば緩むほど、大きくなる」


---


「あなたの転移は、偶然ではありませんよ」


 遥は少しの間、黙った。


「それは、分かっています」


「——あら」アウロラが少し目を丸くした。「もう気づいていたんですね」


「ガルドール院長が『来ると思っていた』と言いました。それだけで十分です」


「では——誰が、何のために?」


 今度は遥が黙る番だった。


 アウロラは笑顔のまま続けた。「それを知りたいなら、星の悪夢ほしのあくむのことを調べてみるといいです。そして——あそこに何かいますよね」


 路地の奥を指した。


 遥は目を向けた。


 いた。


 路地の突き当たりに、人が立っていた。人の形をしているが、何かが違う。輪郭が、少し揺れている。


「見えていますか?」


「……見えています」


「月の使者つきのしゃです。神域存在しんいきそんざいの代理人——人間に近い形を取れますが、人間ではない。あなたくらいの覚醒度インサイトでないと見えません。大半の聖痕者でも気づかない」


 遥は月の使者を見続けた。向こうは動かなかった。こちらを見ているのか、いないのかも、分からなかった。


「それは——俺に何かしようとしているんですか」


「今のところはただ、見ているだけだと思いますよ」


 アウロラが立ち上がった。石壁から音もなく降りた。


「また話しましょう、霧島遥さん。あなたは、面白い」


---


 夕暮れの中、アウロラが路地の角を曲がろうとした——その瞬間だった。


 影が、合っていなかった。


 彼女の体は夕光の中に立っている。でも足元の影の形が——人間の輪郭をしていなかった。枝が広がるような、あるいは何本もの腕が伸びるような形が、一瞬だけ石畳に映った。


 次の瞬間には、角を曲がって消えていた。


 遥は石壁の上に座ったまま、しばらく動かなかった。


 月の使者も、気づくと路地の奥からいなくなっていた。


---


 立ち上がろうとして、遥は止まった。


 背後に気配があった。


 振り返った。


 誰もいない。古鍛冶場の壁と、夕暮れの石畳だけがある。


 でも遥には分かった。


 今、誰かに見られていた——そしてそれは、今日だけではない。


 ずっと前から。

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