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異世界転移した俺の覚醒度が測定不能だった  作者: 明日の今日
第一幕「廃都の聖痕者」
13/25

第13話「血と信仰の狭間」

 週に二度、セラフィーナは血施院けっせいいんに顔を出す。


 聖脈教会せいみゃくきょうかいが管理する治療施設だ。聖脈せいみゃくを精製した薬液で患者を治療し、壁内住民への定期投与を行う窓口でもある。セラは清浄姉妹会せいじょうしまいかいの一員として、受付業務と患者対応の補助を担っていた。


 遥は今日、付き添いで来ていた。


 入口の前に列ができていた。


 先月より長い。先先月よりもっと長い。


「増えていますね」


「……最近は多くて」


 セラが少し間を置いて答えた。


 列の顔を、遥は一人ずつ見た。老人。中年の男。子ども連れの女性。全員が静かに待っている。焦りも怒りも不満もない——ただ、待つことに慣れた顔をしていた。


---


 院内は白い石壁と木製の長椅子だけの質素な空間だ。


 投与を終えた老人が席に戻ってきた。顔色は少し戻っていた。でも目の奥が——まだ遠かった。


「セラさん、投与量が増えていませんか」


 遥が小声で聞くと、セラは手元の書類から視線を上げなかった。


「……教会が調整しています。段階的に量を増やすことで、堕聖だせいへの耐性をつけていくと」


「でも、量が増えるたびに依存も強くなっているように見えます。あの列は——」


「教会は人々を助けています」


 セラが書類を持ったまま言った。


 静かな声だった。守ろうとするときの声だった。


 遥は何も言わなかった。セラも続けなかった。しばらく、二人のいる受付だけが静かだった。


---


 昼時、廊下の長椅子で老人の患者が食事の器を持ってうなっていた。


「毎日同じ煮物だ。味気ない。歳をとってから体の具合は悪くなる一方なのに、これを食わされるのか」


 遥は少し考えた。「作れるかもしれないです」


 セラが不安そうに顔を向けた。「遥さん、料理ができるんですか」


「少しは。元の世界では一人暮らしだったので」


「こっちの食材を使ったことは……」


「なんとかなります」


 院内の小さな調理場を借りて、遥は棚を開けた。穀物、根菜、薬草に近い葉、出汁に使えそうな乾物。


 ——とりあえず、米に近い何かで温かいものを、と思った。


 穀物は白くて細長い。見た目は米に似ていた。加熱したら固まらずに、ぬるっとした膜になった。


 根菜は硬い。どれだけ煮ても芯が残った。


 香りが近い気がした紫色の葉を入れたら、鍋の中身が全体的に黄色に変色した。


 遥は完成したものを見つめた。


 黄色みがかった、妙な粘り気のある何かだった。


 老人が一口食べ、遥を見た。


「……食えなくはない」


「すみません」


「苦いが、食えなくはない。元のよりはましだ」


 横でセラフィーナが、笑いをこらえながら書類を持っていた。肩が小刻みに震えている。


「笑っていいですよ」


「笑ってないです!」


 絶対に笑っていた。


---


 夜、古鍛冶場ふるかじばの前の路地に、聖脈騎士団せいみゃくきしだんの巡回が来た。


 聖脈教会の実働部隊だ。白を基調とした鎧に、胸に教会の紋章。三人一組で市内を巡回し、壁内の治安維持を名目に各地を回る——が、実際には教会の勢力圏確認を兼ねているとも言われる。セラから聞いた話だ。


 騎士の一人が古鍛冶場の扉の前で立ち止まった。


聖痕院せいこんいんの者に確認がある。壁外廃域の深部に立入禁止区域がある。近ごろ、その周辺に踏み跡が確認された。聖痕院の関与か」


 応答したのはイグニスだった。腕を組んで扉に背を預けたまま、「点検任務の範囲内だ」とだけ言った。


「範囲内、とは」


「聖痕院の管轄区域だ。文句があれば院長を通せ」


 沈黙。騎士がイグニスを見た。イグニスは視線を返さなかった。


 騎士が踵を返した。「……覚えておけ」


 イグニスは何も言わなかった。扉に背を預けたまま、騎士たちが路地の角を曲がるまで目で追った。


 遥は少し離れたところから見ていた。「踏み跡」というのが自分とイグニスのものだと、すぐに分かった。


---


 深夜近く、別の訪問者が来た。


 騎士ではなかった。白い修道服を着た使者が、丁寧に頭を下げて書簡を差し出した。


「大司教クロード・ヴァルモンより、霧島遥殿へ。お時間をいただけるなら、白骸廟はっかいびょうにてお会いしたい、とのことです」


 遥は書簡を受け取った。文字が読める。内容は使者の言った通りだった。


 セラが隣にいた。


 遥が書簡を持ったまま振り返ると——セラの顔が、いつもと違った。


 声に出さない何かが、顔に出ていた。不安というより、もっと深いもの。何かを覚悟しているような、あるいは何かを恐れているような顔だった。


 あれだけ表情が豊かな人間が、こんなに静かな顔をする。


「セラさん、大丈夫ですか」


 一拍の間があった。「……はい。大丈夫です」


 大丈夫ではないと分かった。でも遥は、それ以上聞かなかった。

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