第7話:同じ人
その夜、コンビニの前に彼女は立っていた。
失った当たり前を取り戻したように思えた。いつもと同じ場所、いつもと同じ時間。ただ、戻ってきた。それだけで安心してしまう自分がいた。でも、近づくにつれて少しずつ違和感が混ざる。
彼女はいつも通り氷のカップを持っていた。それを口に運ぶ動きも、変わらないはずだった。
なのに、その音が少しだけ違って聞こえた。カラン、というより、もっと乾いた音だった。僕に気づいた彼女は、いつもより遅れて視線を上げた。
「……久しぶり」
そう言った声も、ほんの少しだけ軽かった。久しぶり、というほど離れていない。でも、その言葉はなぜか間違っていない気がした。
僕はコクリと頷くだけで、隣に立つ。
コンビニの光は相変わらず白くて、夜の輪郭を削っていく。
彼女は氷を一口噛んでから、少しだけ間を空けて言った。
「最近、眠れてる?」
その質問は、前にもされた気がした。でも、そのときとは意味が少し違うように思えた。
「……まぁまぁかな」
僕は曖昧に答える。本当は、何も変わっていない。眠れない夜は続いているし、コンビニに来る理由も変わっていない。
ただ、彼女がいるかいないかだけが違う。彼女は小さく笑ったように見えた。でも、その笑い方もどこか不自然だった。まるで、誰かの真似をしているみたいに。
「その氷、好きなんだよね」
僕がそう言うと、彼女は一瞬だけ止まった。
「……好き?」
その返しが少し引っかかる。別におかしなことではないはず⋯⋯
そんな事を考えている間に、また彼女は氷を噛む。その音が、さっきよりも遠く感じた。
「なんか変だった?」
僕が聞くと、彼女は少しだけ視線を外した。コンビニの中を見ているようで、見ていない目だった。
「なんでだろうね」
その答えは、答えじゃなかった。でも、それ以上聞くことができなかった。
夜が少しだけ冷える。さっきまで《《少女がいる夜》》だったはずなのに、今は少し違う。
前までの少女と同じ人のはずなのに、何か違う。僕はふと、思ってしまう。
もしかして、ずっとこうだったのではないか、と。彼女は最初から、少しずつ違っていて、ずっと変わり続けていたのではないか。
氷の音が、また一つ鳴る。
そのたびに、歯車が狂うように何かが少しずつズレていく。コンビニの光の中で、彼女の輪郭だけがほんの少し曖昧になる。僕はその違和感に気づかないふりをした。
気づいてしまうと、全部が崩れてしまいそうだったから。
また少女が氷を噛むたびに、音だけが少し遅れて耳に届く気がした。さっきまで同じ距離にいたはずなのに、ほんの数センチだけ遠ざかっているような、そんな感覚だった。
コンビニの自動ドアが開いて、誰かが出ていく。その音に彼女は反応しない。ただ夜の方を見ている。どこでもない場所を見るような目だった。
僕はその横顔を見ながら、名前を呼ぼうとしてやめる。呼んだところで、何かが戻ってくる気がしなかった。氷のカップの中身は、少し減っているのに、増えているようにも見えた。
夜はまだ続いている。でも、もう同じ夜ではない気がした。




