第6話:コンビニ店員
店の前の自転車置き場には、いつも同じような影が並んでいる。誰のものでもないような自転車と、誰のものでもないような夜。
その中のひとつが、たぶん彼女だった。正確には、そう思い込んで安心していただけなのかも知れない。まだ彼女は《《いる》》と。
その少女はよく、コンビニの前で立っていた。店の中にいる時間より、外にいる時間のほうが長いような人だった。何をしているわけでもなく、ただそこにいる。
誰かと話しているところは見たことがない。他の客とも、店員とも、僕とも。それなのに、そこにいるのが当たり前みたいになっていた。
ある日、コンビニの入口で、店員が常連客の会計をしながらぼそっと言っていた。
「最近、あの子来ないね」
それが誰のことか、最初はわからなかった。
レジ袋の音と、バーコードの読み取り音の合間に混ざった、どうでもいい会話。僕はそれを半分くらい聞き流していた。
でも、少しだけ間をおいて、気づいてしまう。あの氷を食べていた人のことだ。毎日のように来ていたことが当たり前になっていたのは僕だけじゃないはずだ。
店員は続けて何か言おうとしたけど、結局やめたみたいに口を閉じた。仕事の一部みたいに、会話だけが途中で切り捨てられる。
それ以上の会話はなかった。
コンビニの中はいつも通りで、何も変わっていないように見えた。商品棚も、蛍光灯の白さも、少しだけ胡散臭い音声広告も。
だけど、少しだけ違っていた。
氷のカップが置かれている棚を見ても、そこに意味みたいなものはもうなかった。ただのプラスチックの容器。透明で誰でも手に取れるもの。
それなのに、なぜか前より冷たく見えた。
僕はそのまま何も買わずに外へ出た。外の空気は、店の中よりずっと広いはずなのに、なぜか息が詰まる。さっきまでの人工的な明るさが背中に残っていて、夜との境目が曖昧になる。
少ない人の流れに対して、僕だけが少しだけ遅れている気がした。
たぶん、ずっとそうだったのかもしれない。
夜が深くなる。
車のライトが遠くを横切って、すぐに消える。誰かの笑い声が一瞬だけ聞こえて、それもすぐにどこかへ行く。コンビニの光だけが、同じ場所に固定されたまま揺れている。蛍光灯の下で、時間だけが少しずつ削れていくような、そんな感じ。
その光の中に、彼女が立っていた気がする。でも、それは記憶なのか、ただの思い込みなのか、もうわからなかった。カラン、という氷の音だけが、頭のどこかに残っている。
僕はまた店の前に立つ。入らないまま、ただ光を見ている。誰かが中から出てくる。ビニール袋を持って、当たり前みたいに去っていく。
でも、それは彼女じゃない。それを何度か繰り返すうちに、夜は少しだけ普通になっていった。
普通になるというのは、何も起きなくなることだと、そのとき思った。
そして、同時に、何かが最初から起きていなかったような気もした。




