富子とチャットGPTのパソコン講座 五十四の花束は重いのか
富子とチャットGPTのパソコン講座 五十四の花束は重いのか
七十二歳の富子は、六畳の和室に置いたパソコンの前で、えんじ色のカーディガンの袖を引き上げた。窓の外では秋雨に濡れた金木犀が揺れ、甘い香りが網戸から細く入り込んでいる。机には冷めた林檎茶と栗まんじゅうがあり、キーボードの隙間には、いつ落ちたのか分からない黒胡麻が一粒挟まっていた。
「水槽まで撤去したのよ。それなのに、まだカクカクするの。『ポルテのグルめぐり机』をAからEまで並べたかっただけなのに、五十四種類の花束がそんなに重いのかしら」
画面の中では、白い髪に赤いリボンをつけたみるくが、ボルドー色に金の縁取りが入った秋色のお洋服で立っていた。料理が並ぶ五つの机の後ろには、赤、青、桃色、黄色、紫の花束が所狭しと飾られ、光る蝶まで羽を止めている。富子が移動キーを押すと、みるくは三秒ほど考えてから、赤い靴を一歩だけ前へ出した。
「三秒も考えなくていいのよ。前へ歩くだけでしょう。人生相談を頼んだわけではないんだから」
富子はドスパラの販売ページを開き、二十四万九千七百八十円という数字を見つめた。送料三千三百円にディスプレイ、延長保証まで加えれば、合計は三十万円へ近づいていく。DQ10で花束を飾るために三十万円を払う自分を想像すると、庭へ同じ金額の菊を植えたほうが、町内の名所になりそうだった。
「チャットGPT、うちのパソコンには一テラもあるのよ。それなのに、どうして花束ぐらいで止まるの。水冷だから、中だってよく冷えているはずでしょう」
返事を待つ間、富子は林檎茶を一口すすった。湯気はもう消えていたが、蜂蜜の甘さと林檎の酸味は舌に残っている。やがて画面へ、保存容量と処理能力は別のものであり、水冷はCPUなどを冷やす仕組みで、古い部品を若返らせる薬ではないという説明が現れた。
「言い方が容赦ないわね。十三年近く毎日働いている、うちの古参なのよ。人間なら十三歳は、まだ給食をおかわりしている年頃じゃない」
富子は教えられたとおり、パソコンの情報を調べて貼りつけた。CPUはCore i5-4570、メモリは16GB、保存装置は一テラのHDD、DQ10が使っているグラフィックボードはGTX 650 Tiである。以前の画面にはGTX 650も表示され、それぞれ約一GBと書かれていたため、富子は当然、合わせて二GBだと思っていた。
「一GBと一GBなら二GBでしょう。林檎一個と林檎一個なら、林檎二個になるわ。パソコンだけ小学校の算数を無視するの?」
チャットGPTは、二枚のグラフィックボードが別々の財布を持っているようなもので、DQ10が使えるのはGTX 650 Ti側の一GBだと説明した。富子は千円ずつ持った二人が、一人前二千円の天ぷら定食を前にして立ち尽くす姿を想像した。財布を貸し合えばよいのにと思ったが、機械には機械の融通の利かない暮らし方があるらしい。
「それなら、二GBあるように見せないでほしいわ。こっちは林檎の足し算で七十二年も生きてきたのよ。パソコンの家庭内別会計まで察していられないわ」
さらに調べると、メインメモリには16GBが搭載されており、完全に空いている部分は約2GBと表示されていた。しかし、その数字だけで残りのすべてが使えないとは決められず、必要に応じて解放される一時的な記憶もあるという。本当に余裕がないか確かめるには、タスクマネージャーで「使用中」と「利用可能」を見る必要があった。
「さっきは十四GBも使っていると言ったじゃない。間違えたなら、そこはちゃんと謝るのね。よろしい、パソコン講座では先生も生徒も間違いながら覚えることにしましょう」
富子はタスクマネージャーを開き、眼鏡を少し持ち上げて数字を追った。ブラウザには小説、料理、天気予報、価格.comが並び、閉じ忘れた動画まで食卓の端に居座っている。まるで鍋の日に呼んでもいない親戚が集まり、春菊も鶏肉も豆腐も勝手につついているようだった。
「あなたたち、今日は少し帰ってちょうだい。主役はみるくなの。三十万円の新しい家を買う前に、今の家の居候を整理します」
不要な画面を閉じてパソコンを再起動すると、和室にはHDDの低い回転音だけが残った。待っている間に富子は台所へ行き、朝の味噌汁へ残りご飯、大根の葉、溶き卵を加えた。味噌と胡麻油の匂いが六畳の部屋まで届き、雨で冷えた指先を茶碗の熱が温めた。
DQ10を起動し直すと、みるくはポルテの机の周りを先ほどより軽く走った。富子は五十四の花束を捨てず、秋桜、菊、竜胆、金木犀に似た橙色の花だけを残し、春と夏の花には別室で休んでもらった。赤いリボンも金色の蝶も止まらずに揺れ、葡萄のタルトのつやまで滑らかに光っている。
「動いたわ、チャットGPT。普段は遊べて、この部屋だけ重いなら、故障より家具の大渋滞を疑えばいいのね。三十万円の魔王と戦うのは、もう少し先にするわ」
富子は買い替え候補のページを消さず、「いつか考える」という名前のフォルダーへ入れた。古いCPU、映像用メモリ一GBのGTX 650 Ti、読み込みの遅いHDDは、確かに若い部品ではない。それでも、設定を見直し、花束を季節ごとに衣替えさせれば、今日のみるくはまだ元気に冒険できた。
「本日のパソコン講座は、一テラあっても速いとは限らない、一GBと一GBは結婚して二GBにはならない、空きメモリの数字だけで犯人を決めない。最後に、五十四の花束は捨てずに分散させる。チャットGPT先生、これなら私、百点をもらえるでしょう?」
画面には「百点です」と返事が現れたが、富子は味噌雑炊を食べながら首を振った。間違えた先生から簡単に満点をもらうのも、少し都合がよすぎる。窓の外で秋雨がやみ、濡れた金木犀が朝日を受けると、富子はみるくを机の中央へ座らせ、葡萄のタルトを一つ注文した。
「今日は先生も私も八十五点ね。残りの十五点は、次に処理落ちしたとき一緒に調べましょう。それまでは、この十三歳の働き者にも、まだ頑張ってもらいますからね」




