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老人  作者: かおるこ
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第24話 令和の服はむずかしい

第24話 令和の服はむずかしい


 土曜日だった。


 昼過ぎのショッピングモールは、人でいっぱいだった。


 冷房の効いた館内に、揚げ物の匂いとコーヒーの香りが混じっている。子どもの泣き声。エスカレーターの電子音。どこかの店から洋楽が流れていた。


 栄治は少し居心地悪そうに歩いていた。


 今日は久しぶりに昭和トラッドではない。


 ワークマンで買った黒の冷感Tシャツ。


 濃いグレーのテーパードパンツ。


 白いスニーカー。


 結衣に、


『今日は令和で行きましょう』


 と言われたのだ。


「令和ってなんだよ……」


 栄治はぼやく。


 隣を歩く結衣が笑う。


「その、“頑張って若作りしました感”を消すんです」


「難しいこと言うな」


 結衣は今日、かなり雰囲気が違った。


 白のオーバーサイズシャツ。


 中は黒のタンクトップ。


 ゆるいチャコールグレーのワイドパンツ。


 足元は黒いローファー。


 アクセサリーは小さいシルバーだけ。


 髪も軽くまとめているだけなのに、妙に洒落て見えた。


「……今ってそういう感じなのか」


 栄治が言う。


「そういう感じです」


「色が地味だな」


「令和は“抜く”んですよ」


「抜く」


「頑張りすぎない」


 栄治は周囲を見回した。


 たしかに、若い連中はみんな色が落ち着いている。


 昔みたいに、


“おしゃれしてます!”


 感が少ない。


 だが、よく見るとサイズ感や靴が妙にちゃんとしている。


「わからん……」


 結衣が吹き出した。


「坂本さん、昭和すぎる」


「昔はもっとこう……」


「はいはい、VANでMEN'S CLUBでアイビーですね」


「馬鹿にしてるだろ」


「ちょっとだけ」


 二人で笑う。


 今日は海外推し活遠征のための“令和服視察”だった。


 結衣曰く、


『海外ライブ行くなら、ちょっと今っぽくした方が楽しい』


 らしい。


 栄治は最初、


「別に昭和でいいだろ」


 と言った。


 だが結衣に、


『海外の人、年齢関係なく普通におしゃれですよ』


 と言われ、少し気になったのだ。


 二人はセレクトショップへ入った。


 白い床。


 コンクリート打ちっぱなし。


 服がゆったり間隔を空けて並んでいる。


「高そう……」


 栄治が小声で言う。


「顔がもう帰りたい人」


「だってTシャツ一万とかするぞ」


「素材いいんですよ」


「ワークマンなら五百八十円だ」


 結衣が笑い崩れる。


 店員が寄ってくる。


 二十代くらいの男だった。


「よかったらご試着どうですか?」


 栄治は急に緊張した。


「いや、その……」


 結衣が横から言う。


「この人、海外ライブ行くらしいんです」


「おお!」


 店員が急に乗ってくる。


「いいですね!」


「Earth, Wind & Fire」


 と言った瞬間、


「あー!!」


 店員が食いついた。


「渋い!」


 栄治はちょっと嬉しくなる。


「知ってるのか」


「Septemberやばいですよね」


「やばい」


 急に世代を超えて盛り上がる。


 結衣が笑っている。


「じゃあ、こういうの絶対似合いますよ」


 店員が持ってきたのは、黒のリネンシャツだった。


「地味だな」


「着てみてください」


 試着室。


 栄治はぶつぶつ言いながら着替える。


 鏡を見る。


「……あれ」


 意外だった。


 黒なのに重くない。


 少しゆるい。


 だが、変に若作りして見えない。


 外へ出る。


 結衣が一瞬黙った。


「……あ」


「なんだ」


「普通にかっこいい」


「嘘つけ」


「いやほんと」


 店員も頷く。


「めっちゃ似合ってます」


 栄治は照れ臭くなる。


「なんか芸術家っぽい」


 結衣が言う。


「誰が」


「図書館にいそう」


「なんだそれ」


 だが、悪くなかった。


 昔のトラッドは、


「ちゃんとする」


 服だった。


 令和の服は、


「力を抜く」


 服らしい。


 それが少し面白かった。


 フードコートで遅い昼飯を食べた。


 栄治は生姜焼き定食。


 結衣はガパオライス。


 栄治は結衣の皿をちらちら見る。


「それ辛いのか」


「ちょっと」


「令和っぽい飯だな」


「なんですかそれ」


 二人で笑う。


 栄治は味噌汁を飲んだ。


 しょっぱさが落ち着く。


「でもさ」


 栄治が言う。


「服って面白いな」


「うん」


「ちょっと変えるだけで、出かけたくなる」


 結衣が頷く。


「そうなんですよ」


 栄治はモールのガラスに映る自分を見た。


 黒いリネンシャツ。


 グレーのパンツ。


 白いスニーカー。


 六十七歳。


 でも、なんだか少しだけ軽い。


「……悪くないな」


 その呟きに、結衣が笑った。


「だから言ったじゃないですか」


 外はまだ暑かった。


 だが今日は、不思議と歩くのが楽しかった。




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