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老人  作者: かおるこ
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第22話 昭和の証明写真

第22話 昭和の証明写真


 午後だった。


 外はむわっと暑い。


 商店街のアスファルトが白く光っている。自転車を漕ぐだけで汗が首筋を流れた。


 栄治は鏡の前で腕を組んでいた。


「……どうだこれ」


 六畳一間。


 古い姿見。


 エアコンはついているが、着替えただけで暑い。


 今日は、パスポート用の証明写真を撮りに行く日だった。


 問題は服装である。


 結衣に、


『よれたTシャツ禁止です』


 と言われたのだ。


「パスポートだからな……」


 栄治は小さく呟く。


 どうせ十年使う。


 変な写真にはしたくない。


 クローゼットを漁った結果、久しぶりに出てきたのが、タッターソウルチェックのボタンダウンだった。


 細かい赤と紺の格子柄。


 少しだけアイビーっぽい。


 若い頃、背伸びして買ったやつだ。


「うわ、懐かし……」


 鏡を見る。


 下はベージュの綿パン。


 いわゆる“めんぱん”。


 昭和のBANファッションだった。


「昭和だなあ……」


 だが、嫌いじゃなかった。


 アイロンはかけた。


 襟もちゃんと立てた。


 最近にしてはかなり気合いが入っている。


 そこへ玄関がこんこん鳴る。


「坂本さんー」


 結衣だった。


「おう」


 ドアを開けた瞬間、結衣が固まる。


「……」


「な、なんだ」


 結衣は数秒黙ったあと、吹き出した。


「昭和!!」


「やっぱりか!」


「いや、でも似合ってます!」


「ほんとか?」


「めちゃくちゃ“昔の大学生”感ある!」


「褒めてるのかそれ」


 結衣は腹を抱えて笑っていた。


 今日は白いブラウスにデニム姿。小さなショルダーバッグを提げている。


「BANだろこれ」


 栄治が言う。


「えっ、何ですかBANって」


「知らんか」


「知らないです」


「昔なあ……」


 栄治は照れ臭そうに襟を触った。


「こういう服が流行ったんだよ」


「へえー」


「みんな、ちょっといいボタンダウン着て」


「アイビー系?」


「そうそう」


 結衣はまた笑う。


「なんか急に育ち良さそう」


「やめろ」


「でも、いいですよ」


「ほんとか?」


「うん。ちゃんとして見える」


 その“ちゃんとしてる”が、最近の栄治には妙に嬉しかった。


 二人は近所の証明写真機へ向かった。


 駅前。


 ドラッグストアの横。


 小さなボックス。


 中は冷房が効きすぎていて寒い。


「うわ、冷えっ」


 栄治は肩をすくめた。


「坂本さん、前髪ちょっと」


 結衣が手で整える。


「あと襟」


「お、おう」


「顎引いて」


「難しいな」


「笑わない」


「笑わない方が変じゃないか?」


「証明写真ですから!」


 二人で笑う。


 栄治は椅子に座った。


 真正面。


 白い背景。


 カメラ。


 急に緊張する。


「なんか面接みたいだな」


「海外デビューですよ」


「六十七歳の海外デビューか……」


 結衣は外から指示を出す。


「はい、ちょっと右」


「こうか?」


「違う」


「難しい!」


 パシャ。


 フラッシュが光る。


 数秒後、写真が出てきた。


 二人で覗き込む。


「……」


「……」


 栄治が先に吹き出した。


「なんだこの昭和サラリーマン!」


 結衣も大笑いした。


「いるいる! こういう人!」


「なんか銀行員みたいだな!」


「いやでも、ちゃんとしてますよ!」


 写真の中の栄治は、思ったより悪くなかった。


 少し緊張した顔。


 タッターソウルチェック。


 ちゃんと立った襟。


 年齢は出ている。


 だが、どこか“出かける人の顔”だった。


 それが、栄治には少し嬉しかった。


 帰り道。


 商店街を歩く。


 八百屋の前を通ると、スイカが山積みだった。


「うまそうだな」


「買います?」


「半分とかあればなあ」


「一人だと多いですよね」


「そうなんだよ」


 結局、小玉スイカを一つ買った。


 夕飯は冷やし中華にすることにした。


 ハム。


 きゅうり。


 薄焼き卵。


 トマト。


 それにスイカ。


 夏っぽい食卓になる。


 部屋へ戻ると、栄治はもう一度証明写真を見た。


「……なんか変な感じだな」


「何がです?」


「パスポート作るとか」


 結衣は麦茶を飲みながら言う。


「いいじゃないですか」


「昔の俺が見たら驚くだろうな」


「なんて?」


 栄治は少し笑った。


「お前、六十七で推し活してるぞ、って」


 結衣がまた吹き出す。


 窓の外では、蝉が鳴いていた。


 暑い。


 でも今日は、なんだか少しだけ、青春みたいだった。


しっかり、トラッドわきまえてますw


靴は、リーガルのタッセルスリップオン。



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