第18話 なんだこの化け物みたいなグループは
第18話 なんだこの化け物みたいなグループは
夜だった。
風呂上がりの栄治は、イオンで買った新しいパジャマを着ていた。
濃紺に細い白ストライプ。襟付き。前ボタン。綿混素材で、肌にぺたつかない。パジャマなんて久しぶりだった。
「……ちゃんとしてんな」
洗面所の鏡を見て、自分で少し笑う。
図書館で会った、あの美しい老人なら、きっとこういうパジャマを着てるんだろうな、と思ったのだ。
部屋へ戻る。
六畳一間。
エアコンはついているが、昼間の熱が壁に残っていて、空気がまだむっとしている。
座卓の上には麦茶と柿ピー。
夕飯は冷しゃぶだった。豚肉ともやしを茹で、ポン酢をかけた。トマトを切り、冷奴には生姜を乗せた。最近にしては、かなりまともな食事だった。
栄治はノートパソコンを開いた。
最近、夜になるとYouTubeをぼんやり見る。
ラジオとは違う。
次から次へ、知らないものが出てくる。
気づくと二時間くらい経っている。
「……なんだこれ」
おすすめ欄に、妙に派手なサムネイルが出てきた。
アフロ。
金色。
ラッパ。
キラキラした服。
70年代みたいな顔。
栄治はクリックした。
瞬間。
ぶわっ、と音が爆発した。
「うおっ!」
思わず声が出る。
ベース。
ホーン。
ドラム。
全部がめちゃくちゃ前へ出てくる。
しかも、全員ノリノリだ。
「なんだこいつら!」
画面いっぱいに踊る男たち。
笑ってる。
跳ねてる。
演奏がうますぎる。
Earth, Wind & Fireだった。
曲はLet's Groove。
「なんだこの化け物みたいなグループは……」
栄治は呆然と呟いた。
音が強い。
とにかく強い。
昭和の歌番組みたいな派手さなのに、演奏の圧が異常だった。
しかも、全員楽しそうなのだ。
パフォーマンスしてるというより、
「俺たち音楽好きすぎ!」
みたいな顔をしている。
「うわ……」
栄治は画面に顔を近づけた。
コメント欄を見る。
『3.7億回再生』
「三億!?」
思わず立ち上がる。
パジャマの裾がばさっと揺れた。
「そんな人類いるのかよ!」
慌てて声を落とす。
ひだまり荘は壁が薄い。
隣に聞こえる。
「やば……」
さらに別の曲を押す。
September。
イントロが始まった瞬間、
「あ、これ知ってる!」
栄治は叫びそうになった。
CMか何かで聴いたことがある。
めちゃくちゃ有名なやつだ。
再生回数を見る。
『8.7億回』
「はあ!?」
栄治は完全に笑ってしまった。
「八億て!」
柿ピーをつまみながら、画面を見る。
踊ってる。
吹いてる。
笑ってる。
なんなんだこいつら。
生命力の塊みたいだった。
「矢沢永吉の世界版か……いや、もっとでかいな……」
若い頃、会社の先輩に連れられて、矢沢永吉のライブ映像を見たことがある。
タオル投げ。
革ジャン。
客席の熱気。
あれもすごかった。
だが、これはなんか違う。
スケールが地球だった。
玄関がこんこん鳴る。
「坂本さん?」
結衣だった。
「おう!」
妙にテンション高くドアを開ける。
「どうしたんですか」
結衣は笑った。
今日は白いTシャツに黒いパンツ姿だった。コンビニ袋をぶら下げている。
「見ろこれ!」
「え?」
結衣が部屋へ入る。
画面を見た瞬間、
「あー! アース・ウィンド・アンド・ファイアー!」
「知ってんのか!」
「有名ですよ!」
「なんなんだこいつら!」
結衣は吹き出した。
「坂本さん、めっちゃ興奮してる」
「いやだって、化け物だろこれ」
栄治は画面を指差す。
「全員うますぎる!」
「しかも楽しそうなんですよね」
「そう!」
そこだった。
技術もすごい。
曲もすごい。
だが一番すごいのは、
「楽しそう」
なことだった。
笑ってるのだ。
全力で。
六十七歳の栄治から見ると、それが眩しかった。
「まだライブやってるらしいぞ」
「えっ」
「スマホで調べたら出てきました」
「いくつだよ、こいつら」
「七十代とかじゃないですか?」
「嘘だろ……」
栄治はパソコンを見つめる。
若い頃の映像なのに、今も現役。
「なんなんだアメリカ……」
結衣が笑い転げる。
「そこなんですね」
「日本だったら紅白の特別枠だぞ」
「確かに」
画面の中では、まだ派手な音楽が鳴っている。
ホーンがぶわっと入るたび、栄治の肩が揺れる。
「なんか元気出るな、これ」
ぽつりと呟く。
結衣が頷く。
「理屈じゃない感じしますよね」
「うん」
栄治は麦茶を飲んだ。
冷たい。
喉が気持ちいい。
最近、節約とか、病院とか、老後とか、孤独死とか。
そんなことばかり考えていた。
だが画面の中の連中は、
「そんなの後でいいから踊れ!」
みたいな顔をしている。
しかも、とんでもなくうまい。
「ずるいなあ」
栄治は笑った。
「何がです?」
「人生楽しんでる感じ」
結衣は少し笑った。
「坂本さんも今、かなり楽しそうですよ」
栄治は一瞬黙る。
たしかにそうだった。
六十七歳。
イオンのパジャマを着て。
夜中にYouTubeで外国の化け物バンド見つけて。
一人で大興奮している。
「……変な人生だな」
でも、その“変な感じ”が、なんだか少し良かった。




