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【完結済/手直しするの止めました】神殺しの皇女  作者: 埼山一
終章 寒空の下で
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第133節 一人で生きて居るに非ず

「姫君。一つ提案があるのです。」

「はい。なんでしょう。」


 姫君はその胸に抱いている君の頭を撫でていた手を止めると、その姿勢のままこちらに顔を向けた。

 わしはその顔に警戒感を覚えた。

 彼女の浮かべている微笑からは、悲しむ君を宥めているとは思えないほどに悍ましい雰囲気が滲み出ているからだった。


「まず初めに言っておきますが――」


 わしは抱いた警戒を怠らぬまま、一つそうやって前置いた。そして彼女から感じた闇、それにも気付いていないかのように淡々と言い放った。


「――姫君よ。そなたが何を抱え、何に思い悩んでいるのか、わたしにはそのすべてを窺い知ることはできません。」


 自らの口を吐いて出たその口上に、以前にも言ったような内容だな。と、わしは思っていた。あの時もそうであったが、今さらわしがこんなことを言ったところで彼女の心に響くものもないだろう。

 しかし今はそれでもよかった。そう思えばこそこんな非情の通告も簡単にできるというものなのだ。


「そうですか。」


 そして、やはりというべきだろう。貴女に寄り添うつもりはないと言ったわしの冷淡さも姫君に通じることはなかった。

 しかしそれでもわしは驚いた。そうやってわしに向けられた姫君の視線は、何かが虚ろのくせにどこか挑戦的とも感じられるものだったからだ。


(まだそんな目ができるのか。)


 続いて感心したわしは姫君の瞳の奥に見え隠れするその心を覗いてみた。

 彼女の心は今、魔性に魅入られて死に体も同然だ。彼女の目つきはぼうっとしてあたかも死んだ魚のようでもある。

 だというのにその瞳の奥に宿る炎は小さいながらも反抗の意志を(くゆ)らせて、その情念はどうやら()く思われてはいなかったらしいわしに向けられているではないか。

 よもや嫌われているなど今まで露ほども感じたことはなかったが、何にせよ彼女の心にはまだそういうだけの熱が残っているようで、わしは彼女の心の強さに驚いていた。


「はい、そうなのです。ですが、一つだけ忘れないで頂きたい。」


 わしは言葉を続けながらさらに考えていた。

 虚ろで挑戦的な彼女の目――初めに別れの挨拶を交わしていた時、彼女は不自然なほどに惜別の情を、その作った微笑みに貼り付けていたはず。それがここに来て顔に出るほどに感情が漏れてきている。

 存外挨拶に手間を取ったことで、彼女の本心を覆い隠していた微笑の仮面が剥がれかけているのだろうか。

 まだ本人は気付いていないだろうが、姫君はいよいよその荒風が吹き抜けるばかりの心と覆い隠すことのできなくなりつつある情念を表に出そうとしていた。


(しかしまた随分とと嫌われておったものだな。)


 わしは密かに苦々しく思っていた。

 微笑を保てなくなったことで明らかになりつつある彼女の悪感情は、確かにわしに向けられている。

 それは別によい。

 しかしそういう気概が未だ失われていないのであればなおさらのこと、どうして彼女は自ら常夜(とこよ)のクニへと続く道に脚を踏み入れようなどと考えるのだろうか。

 その強さ、自らを生かすことには廻すことはできぬのか。

 それが例え反乱という形に姿を変えてわしに襲い掛かることとなろうが構わない。反抗したければすればよい。一人では無理だというのならば、仲間を語らってもよい。

 生きてさえいてくれればそれでよいのだ。仮に敵として我が前に現れることになろうと、わしは何度でも彼女を打ち破り、説得して改心させるだろう。

 だからわしは姫君に向けてキッパリと次のように言ってやった。


「――姫君よ。そなたは一人で生きることは許されぬ。」

「……。」


 しっかりはっきりと告げてやったその言葉にも姫君はピクリとも動かなかった。

 聞いていないわけではないだろう。ただわしが続きを語るのを待っているのだ。

 無理もないことである。これだけではわしの言いたいことすべてが伝わるわけもないのだ。

 あるいはそうやって続きを待ちながらも、わしの言葉を真向から否定しようと企んでいるのかも知れない。


「――姫君。わたしにはそなたに寄り添うことはできない。しかしこのようなご時世です。生きていれば何かと辛いこともありましょう。」


 今という時は、何かと言えばどこのクニがどこの柵を併呑したなどと伝え聞かれてくるような危ういご時世だった。

 しかし、その戦乱の風をわざわざこのクニに持ち込んだのはわしだ。当人が言えた義理でもないのかも知れぬ。

 そんな自虐もそこそこに思いながら、なおも続ける。


「――しかし、(すべ)ての人は一人で生きて居るに(あら)ず。思い悩むことがあればまずは周りの者に相談することです。そなたにはそれが出来る者がいるはず。」

 そうなのだ。このわしとて旅の身空になって随分と経つが、思い悩むことがあれば一人で抱え込もうとはせず、誰かに相談してみたりもするのだ。

 それは知恵は回るが経験の浅いモリヤであったり、妙に(かん)に障ることを言うが時に物事の核心を的確に突いてくるヒラタであったり、あるいは少し足を延ばせばそこに待っているはずの心優しき我が妻であったりすることもあるだろう。

 いずれも長所があれば短所もある面々だが、そういった連中の視点を借りることができてこそ、わしも己が考えの誤りに気付けることも多々あった。それがこのクニの高女たる姫君であれば何を(いわん)やではないか。


「……。」

「……。」


 それきり二人とも何も言わなかった。

 わしが姫君の相談相手として考えていたのは例によってあの三人の下女たちであった。

 彼女らは姫君との付き合いが長いせいか、身分立場の違いも気にせず己が意見を忌憚なく申す節があった。余人から見れば、ただの下女ごときが不遜も甚だしいことのようにも映ろうが、そんなものは当人の間で了解が取れていればよいことだ。

 それでも不満に持つ輩は当然いるだろうが、彼女らは今やただの下女ではない。彼女らは姫君の下女にしてこのクニの要人でもあるのだ。

 それに、彼女らの助力をもってしても解決できない難題というものが果たしてどれだけあるというだろうか。あの年少のサヨ嬢も含めて、それぐらい彼女らは中々に聡明な者たちなのである。――

 しかし、それを聞いた姫君の様子は変わらなかった。


「……それが提案なのですか。」


 いや。変わらないように見えてその実、不快であったのかも知れない。態度を硬化させているようだった。見れば、君の頭に置かれたままの彼女の手の甲には普段は目立たないはずの筋が一際見えるようになっているではないか。


「はい。提案です。」


 わしはごく当たり前のように返した。

 我ながらぐだぐだと言い連ねてはいたが、要は悩みがあるなら何でもあの三人に相談しろと言いたかっただけなのだ。

 彼女の不幸を避けるための一手。――本来ならばタエ殿あたりに姫君にくっついて決して目を離すなとでも命じておけば良かったのだが、この場にいないものはどうしようもない。まさか本人に生きよと命じたところで、聞き入れてはもらえないだろう。

 だからこのような言い回しでそれとなく諫めるしかないのもやむを得ないことであった。


「そうですか……。」


 姫君はわしの返事を聞くと、溜息交じりで頷いていた。そして……。


「――でも残念です。わたくしの考えはあなたの意見とは違うようですわ。」

「何ですと。」


 彼女はわしの提案を否定していた。

 意見が違うとはどういう意味か。思わず聞き返したわしに姫君は実に不愉快そうに答えた。


「人は一人で生きてはいけないのですか?一人で生きる――結構なことではありませんか、強くて逞しくて。それが何故いけないというのです?」

「いや。わたしが言いたいのはそういうことではなく……。」


 言い訳に追い込まれていたわしは次の句が継げずに苦慮していた。

 提案の仕方が回りくど過ぎて意図するところが伝わらなかったのか。それとも分かっていてなお、わしを否定しようというのか。――どちらにせよ彼女が魔性に囚われていることに気付いていることを隠して語ったのは失策であったとわしは悔やんだ。

 しかし姫君は我が言い訳など遮るように続ける。


「それにそんなこと、仰られるまでもないこと。一人で生きるだなんてそんな強さ、わたくしにはとてもありません。勿論悩みがあれば誰かに相談いたしますわ。民にはそのように強く生きて欲しいと願っておりますが……。」


 そう言った彼女は実に寂しそうに視線を落としていた。

 自分は強くない。――思えばこの手の告白をするたびに彼女は酷く動揺し、感情をあらわにしているように見えた。

 もしやこのことが、彼女が魔性に囚われてしまったことに何か関係しているのではないか。


「はい。ですから、この話はもうおしまい。ということでよろしいですわね。」

「あ、いや……。」


 しかしそのことに気付いたのも束の間。さっさと話をまとめてしまった姫君に、わしは何も言い返せずにいるしかなかった。


「それではあまり引き留めてしまうと後に差し支えてしまいますわ。大変名残惜しいのですが、そろそろ出立なされた方が……。」


 そうやってわしの提案は不首尾に終わった。

 いや、確かに彼女は誰かに相談すると言っていた。表向きはわしの提案に同意しているのだ。だがそれは生きるために悩みを解決する努力を約束したのではない。

 彼女はすでに自らの死を選択してしまっている。だから自らの生死について思い悩むこともなければ、誰かに相談する必要もないのだ。

 そこまで気付いておきながら、結局わしは碌に彼女の救けになってやることもできずに、押し切られる形でこの話を切り上げるしかなかった。

 そうして、わしはいよいよこの柵を出るに追い込まれるしかなかった。


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