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【完結済/手直しするの止めました】神殺しの皇女  作者: 埼山一
終章 寒空の下で
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第130節 本音

「そう……ですか……。」


 返って来た言葉のあまりの手応えのなさに、わしは忸怩たる思いを噛みしめざるを得なかった。

 ――受け入れて貰えなかった。

 無論、だからと言ってわしが落ち込むのは筋違いであるし、簡単でないことも分かっているつもりではあったが、やはり堪えるものは堪えるのだ。

 彼女の心に負わせてしまった傷は、わしの想像以上に深いものなのだろう。今できる精いっぱいの謝罪のつもりではあったが、やはり日をあらためてもっとしっかりとした贖罪をせねばなるまい。


「姫君。」


 わしは姫君のためにも再訪の決意を固めると気を取り直して頭を上げると、いつになく真剣な眼差しで彼女の瞳を見つめた。

 わしは我が言葉に偽りがないことのせめてもの証として、彼女の瞳から目を逸らすことなく真直ぐに射抜こうとしていたのだ。

 しかし、わしは姫君の様子が先程までとはどこか違うことに気が付いた。――わしが頭を下げている間に彼女の中で一体何があったのか、姫君は確かにこちらのことを見て変わらぬ微笑みを湛えているのだが、心ここにあらずといった風でどこかぼうっとしているように見えた。


「偽りないところを申し上げますと、我がクニの重臣どもがこのクニをどう扱うつもりかはわたしには分かりかねるのです。」

「……。」


 わしは姫君の心が閉ざされているらしいことに気付きながらも続けていた。今ここで逡巡するよりも事態は好転するはず――そんな願望のなせる業であった。

 しかしなぜわしが急にそんな話をしだしたのか。藪から棒に切り出された話題に姫君には理解が及ばないようで、ただ黙ってわしが続きを語るのを待っているようだった。

 だがこの話はわしなりの誠意。わしにとって都合が悪かろうが嘘偽りなくひけらかすことで姫君の閉ざされた心に一石を投じたいのだ。


「――ですが、姫君。そなたのことについては決して粗略に扱わぬよう既に使いを出していますし、また私自身からもよくよく言い含めておくつもりです。ですから、どうか……。」


 かつてのそなたの様に凛としていて欲しい。と、それだけをわしは臆面もなく告げた。

 気休めにもならないかも知れないが今のわしには何も残してやれない以上、このぐらいのことは言って励ましてやりたかったのだ。

 せめてもの激励のつもりであったが、彼女の心には何か届いたのだろうか。

 しかし姫君はわしの言葉にいいえと答えると、かぶりを振って続けた。


「わたくしのことは良いのです。それよりも民のことだけがわたくしの気がかり。民のことをくれぐれもお願いいたします。」


 これは彼女の本音だろうか。と、わしは即答もせずに考え込んだ。

 いかにも姫君らしい言葉のように聞こえたが、彼女の本心が何であるのかわしでは知り得ようがないのだ。

 わしはせめてこの場にあの三人がいてくれればと残念に思っていた。

 あの三人――姫君に仕えるあの三人の下女の内、特にタエ殿はわしが直々に追放してやった先代の大臣(おおおみ)に代わって今や立派なこのクニの要人となっていた。

 その彼女は残りの二人を伴って外遊に出ている最中である。彼女にはそれが出来ると踏んでの任命であったが、いざいないことの不便を思うと何とも失策であったと感じずにはいられない。


「はい。民の扱いについては保証致します。ご安心なされよ。」


 とにかく、わしは姫君の懸念を請け負った。

 各地に広がりつつあるヤマト国の属柵を見渡してみても、民が虐げられているところは一つたりとて在りはしないのだ。であるからして、その請け負い方には事実に裏打ちされた十全の自信があり、わしは気風よくそう言っていた。

 そしてその言葉に安心したのか、姫君は笑顔を見せて応じた。


「ありがとうございます。それならば思い残すことはございません。これでわたくしも安心してゆくことができますわ。」


 わしは彼女の表情を見て思った――さすがにこの笑顔は作ったものではないだろうが、どうしても本来の彼女が持っていた温かみや懐の深さと言ったものが感じられない。

 悲しいのか苦しいのか。本物であるはずの笑顔の後ろにある、消し切れないもう一つの本物の感情が彼女から温かみを奪っているように思われてならない。それに彼女が今口にした言葉も気にかかるではないか。


(それにしても「思い残さずに行く」とは。)


 ようやく本音らしいことを話したかと思えば妙なことを口走った姫君を、わしは怪訝な気持ちで見つめた。

 今や属国の姫君という自侭が適わなくなった身の上で、一体どこへ行こうというのか。

 タエ殿ら三人が姫君の代わりに外遊に出て今この場に居合わせていないのも、そう言った事情もあったからなのだ。


(いや。)


 わしは目を閉じると、彼女の言葉の意味するところをあらためた。

 本当は分かっている、彼女が何を言ってしまったのか。姫君は「行く」と言ったのではなく、「逝く」と言ったのだ。

 彼女はすべての片が付いたら、自ら命を絶つ気なのだ。

 本来であれば隠し通しておきたかったであろうその本音が、民の安寧という彼女の懸念していたことが解消された拍子にぽろっと出てきてしまったのだろう。

 一体何が彼女をそこまで追いつめてしまったのか、わしには分かってやることができなかった。

 愚かなこと。と断じて諫めるのは簡単であるが、その根底にあるものを取り去ってやれない限り彼女は何度でも同じことを試みようとするだろう。

 いつまでもこの地に留まるわけにはいかない以上、おのれではどうしようもないことのように思えて、わしは肩を落としすしかなかった。


「……あの……。」


 そうやって何ら有効な手立ても思い付かないわしの脇から聞こえてきたのは、それまでずっと目立たぬようにうつむき黙りこくっていたとある者の声だった。


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