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【完結済/手直しするの止めました】神殺しの皇女  作者: 埼山一
終章 寒空の下で
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第129節 愛憎の対価

「姫君……申し訳ない……。」


 何を思ったのか、そう言ったタケリビコ様はわたくしに向かって深々と頭を下げた。

 わたくしは彼の言葉と態度の意味するところが分からず、彼の下げた頭の形を見るほどにどうしようもない苛つきが沸き上がっているのを覚え始めていた。


(いいえ。分からないのではなく、認められないのです。)


 わたくしはいつの間にか握っていたこぶしを解くと、自分を偽るのをやめた。

 彼の謝罪の意図するところは分かっている。

 彼は決して傲慢でもなければ浅はかでもない。だからその時すぐにというのは無理でも、今となっては自分のしたことのせいで傷付いた者が目の前にいるということにも当然気が付いているのでしょう。

 そして頭を一つ下げたくらいでは何の慰めにもならないことにも気付いていて、それでもなお謝らずにはいられなかった。と、そんなところでしょう。彼はそういう人。

 わたくしはそういう彼の人となりが分かっていてもなお、その謝罪を受け入れることができなかった。


(わたくしはこの人が許せない。)


 わたくしはあの日以来の彼の悪行を思い出さずにはいられなかった。


 ――彼は突然わたくしたちの前に現れたかと思うと様々な贈物で養父(ちち)大王(おおきみ)の心を釣り上げ、見事に取り入っていた。そしていよいよ確かな友好を築こうとした矢先に突然大王を裏切り、烈火のごとく怒らせて逃走。それから間もなく行われた祭りの場に舞娘の恰好で現れたかと思うと、ついには大王を討ち取ってしまった。――


(いいえ。それだけではないのです。)


 彼の罪悪はそれだけでは収まらない。


 ――ここまででも許しがたい暴挙であったのにそれだけでは飽き足らなかったのか、彼はもう何もかも放り出してしまいたかったわたくしに「民のことを考えろ」と言い放ち、わたくしを動かした。さらには不安に揺れっぱなしの民の心を、手練手管を使って巧みに掴み取るといつの間にやら彼に対する反抗の気持ちをも鎮めてしまっていた。――


 そうやってこのクニを好き勝手に引っ掻き回しておきながら、それでも心根は善人であるかのように振る舞い平然と頭を下げて退けるこの男が、わたくしはどうしても許せない。

 これがもし彼が義父にも劣らないような粗暴の男であったのならば、これほど憎むことはなかったかも知れない。

 むしろそのように振る舞ってくれた方が、わたくしは遠慮なく彼を憎むことができていたでしょうし、そうあって欲しかった。

 しかし目の前にいるこの男はそんなわたくしの期待を裏切るように、本心から自分の非を認めてわたくしに頭を下げている。

 こんな謙虚な振舞いができる異国の皇子(みこ)をわたくしは一体どうやって憎めばよいのか。

 そういう態度がわたくしを苦しめていることも知らず、タケリビコ様はその姿勢を保ったままわたくしの返答を待つつもりらしかった。




 タケリビコ様の謝罪が受け入れられない理由はほかにもあった。

 彼は自分の前に立っている女が「今や亡国となったクニの元高女」に過ぎない人物であり、もう「姫君」などと呼ばれるような存在ではないということを分かっているにもかかわらず、わたくしの呼び方をあらためようとはしなかった。

 あの日以来――彼は頑なに拒むわたくしを、民のためと言い放って大王の座に押し付けておきながら、未だにわたくしを「姫君」扱いするのを辞めようとはしなかった。


(申し訳ないと思うのであれば、まず姫君ですらなくなったわたくしをそう呼ぶのをあらためてほしい。)


 そうやって彼が姫君と呼ぶたびに、わたくしは過去の自分が羨ましくなり、また滑稽であるようにも見えて、今すぐその場から消えてしまいたくなっていた。

 いつまでもわたくしを「姫君」と呼ぶ彼の言葉にどんな思惑が隠されているのか。

 もう知りたいなどとは思いもしなかったし考えないようにもしてはいても、今や過去の栄誉と共に消え去ったはずのただの女を、どうあっても「姫君」として変わらぬ敬意を払おうとするタケリビコ様。――そんな彼に、自分でもこれはと思うほどの何か昏いような熱いような複雑な情念を抱いていることに気が付くと、わたくしはそれを気取られぬように心を閉ざすしかなくなっていた。


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