第125節 待望の日
嫌でも視界に入ってくる空は、この時期に相応しくよく晴れ渡っていた。
そしてやはりこの季節に相応しく木々の間を縫ってもなお強く吹き付けてくる風は、厳しく凍てついていて何とも居たたまれないものとなっている。
わたくしの吐く息は白く凝り固まって宙に消え、吸う空気は体を芯から寒からしめる、そんな寒空の下でのこと。――
「次はいつ頃お越しになられるのでしょうか。」
わたくしは心身を苛む寒風の辛さに今すぐ部屋に引き返したいのを我慢しながら、目の前にいる男に向かって変わらぬ愛想を振りまいては腹の底にありもしない薄っぺらな厚情をペラペラと吐き続けていた。
「わたしも来たいのは山々なのですが――」
再訪を期すつもりではあるがどうなるか分からない。と、その男、タケリビコ様は言った。
(今さら本当らしいことを言ったところで、一体誰が信じるのでしょうね。)
わたくしはさも誠実であるかのように見せるタケリビコ様を見ながらそう思った。
彼はこのクマ国を奪うために用意周到に嘘を嘘で塗り固めてわたくしたちに近づき、欺き続けてきていた。それが突然善い人であるかのように振る舞って尤もらしく語って見せたところで、そんな人間の言葉をこのクニの誰が信用するものか。
(まあよいでしょう。)
わたくしは嘲る気持ちを抑えて、その向こう側へと気持ちを切り替えた。
彼の本性が分かってさえいれば、今の彼の振舞いはただの滑稽な道化にすぎないのだから。
「もし機会が訪れましたら、その時はまたよろしく頼みます。」
わたくしはそう言ったタケリビコ様の言葉を愛想よく聞き流していた。
それにしても一体何がそうさせるのか、惜別の言葉をかけられたタケリビコ様は、何を話すにしても名残惜しそうにしては寂しさと嬉しさを綯い交ぜにしたような難しい笑顔を見せていた。
その端正な顔でそんな表情をされては、大抵の婦女子は後ろ髪を引かれる思いがするところでしょう。
「そうですか。それは残念です。」
しかしわたくしの口から吐いて出たその言葉は、わたくしがその大抵の婦女子の括りには当てはまらないことを物語っていた。
いや、それどころか彼の言葉を聞くたびにわたくしの心の内では彼に対する非情の想いが逆巻き、渦を作っては目の前の男の態度に苛つきを覚え始めてさえいた。
(早く消えてほしい。)
実のところ、彼が再訪しようがしまいがそんなことはわたくしの興味の外のこと。わたくしの心は、惜別ばかり吐き出すその口とは裏腹にタケリビコ様の出立を誰よりも喜んでいたのだから。
(ここさえ乗り切れば……。)
あとは楽になれる。
それだけが今のわたくしに残されたわずかな救いの道。そう思えばこそ、こんな心にもない世辞を並べ立てては、このクマ国の敵とも言うべきタケリビコが気持ちよく出立できるようにしてやることは苦痛でも何でもなかった。
豊穣の秋の終わりから生命休眠の時期。――よくよく考えてみればそれほど長くもないはずの彼が逗留していた期間がこれほどまでに長い日々だったと思えたのは、彼が身勝手に変えてしまったこのクニの在り方と、彼がわたくしに押し付けた役目の重さがわたくしの心を安ませる暇を片時も与えてくれなかったからに他ならなかった。
そしてわたくしはわたくしの意思とは関係なくその役目に捕らえられ、縛り上げられてしまいここから逃げ出したくても彼の目がある限りそれも叶わないこととなっていた。
だからわたくしは彼がこのクニを出るその日を心待ちにして今日まで耐え忍んで生きてきた。
「後日、ヤマト国より使者が参る手筈になっております。それまではこのクニの差配はそなたに概ね一任いたしますが、後のことはその者に従ってください。それでよろしいですな、姫君。」
「はい。すべて心得ておりますわ。」
わたくしは出された指示をこれでもかという程に大層な笑顔と共にすべて請け負った。
こうして気分よく出立させればわたくしの役目は半ば終わる。
そして、かのクニから送られてくるという使者に後のことを委ねれば、わたくしは晴れて自由の身となれる。
(たったそれだけの辛抱なのです。)
ああ、その日が待ち遠しい。
そうして堪らず見上げた空には太陽が小さく輝き、わたくしは思わず目を細めていた。




