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【完結済/手直しするの止めました】神殺しの皇女  作者: 埼山一
終章 寒空の下で
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第123節 英雄の出立

「いや、申し訳ない。随分と長いこと世話になってしまいましたな。」

「いいえ、今やここはあなたのクニなのです。どれだけ逗留なさったところでその滞在を喜ぶ者こそあれ、咎める者などこのクニにいるはずがありませんわ。」


 出立の挨拶を切り出したタケリビコ様に、わたくしは表情を緩めて応えて見せた。

 ここはクマの柵門。

 どうせいつもと変わり映えしない風景とばかり思い定めて部屋に籠ることが多くなっていたわたくしが柵の外まで足を運ぶのは実にどれだけぶりのことでしょうか。

 見飽きてつまらないとしか感じなくなったこのあたりの景色も、こうして久しぶりに外に出てみれば、遮るもののない北風は肌に容赦なく刺さって痛いほどであり、そして彼方に目を向けてみれば見渡せる森の木々のうら淋しく寒々しいことか。

 いつの間にかこんなにも月日が移ろっていたことに、わたくしは戸惑いと驚きを感じながらも、それを面に出すことなくこの場に立っていた。


(それにしても、なぜ今日に限って一段と冷えるのでしょう。)


 わたくしは目の前にいるタケリビコ様の後ろに見える青空へと、ほんのわずかの間だけ視線を動かした。

 見ればそこ広がる広大な空には雲一つ見当たらず、遥か彼方天上のクニまで見通せてしまいそうなほどに透き通った空気は見る者の心に清々しさと同時に今が最もつらい時期なのだという実感をもたらしてくれる。


「もっとゆっくりなさっても良かったのですよ。」


 わたくしは惜別とは違う意味でそう言った。

 なぜ彼はよりもによって、こんな日和を選んで出立しようと言うのか。

 わたくしは近くの山裾より吹き颪される強風に思わず身震いしたくなるのを堪えながら、出立を決めたタケリビコ様を恨み半分といった気持ちで見ていた。


「いえ。そう言うわけにもいかないのです。」


 出来ればもっと日和の良い日に。と言ってやったつもりのわたくしの皮肉をそのまま素直に受け取ったらしいタケリビコ様が何とも名残惜しそうに応えた。


「昨夜申し上げた通り、わたしはクニに帰らねばなりません。」


 彼は、自身ではどうにもならに事情があるからと明かしては名残惜しそうな視線をわたくしに向けた。

 昨夜聞かされた話では、ヤマトから急ぎ戻るようにとの帰還の命が来たということだった。しかし、ずっと柵の内にあってそれらしい使者を見た覚えもなかったわたくしは嘘を吐くにしてももう少しまともなものにして欲しいと秘かに呆れていたりもした。


「長きに渡る逗留で傷も癒えました。これも貴女のおかげと言うものです。」


 そんなわたくしの不審など知る由もないタケリビコ様は、もうすっかり治りきったらしい脇腹の骨折痕を擦りながら感謝を意を表していた。


「いいえ。わたくしなど大したこともできませんで。」


 わたくしは謙遜でも何でもなく、ただ本心を答えていた。

 あの夜に彼が受けた傷には、わたくしは勿論わたくしの侍女たちでさえも触れてはおらず、彼は自分だけでその体のあちこちに受けていた傷を手当てして、そして治してしまっていた。

 このタケリビコ様、ぱっと一見した限りでは大変に人当たりの良いお人という印象を抱くものの、彼の本性はそこにはないものなのか、彼の郎党ですらも必要以上に彼に近づこうとはしていなかった。


(それにしてもこの方ときたら……。)


 わたくしは彼の姿を視界に収めながら思った。そうやって誰も近くに置いておこうともせずに、彼の言葉通り長きに渡ってつい最近まで敵のクニであった地に留まり続けるなど、一体どういう胆力の持ち主なのか――と。

 そして、わたくしは少しだけ昔のことを思い出していた。

 あの祭りの日からすでに結構な数の昼夜を重ねた今日――気が付けば、あの日にはまだ彼処(かしこ)で見られた小さな生命たちの短い生涯を謳歌する気配も今ではすっかり見られなくなり、現世(うつしよ)のすべてを(あまね)く温めてくれるはずの太陽の恩照でさえも、凍てつく(おろし)に晒されてそのあまりの厳しさに身を縮めるわたくしを温めるにはいささかも力不足と思えてならなかった。

 あの日……豊穣の(とき)が訪れてくれたことへの感謝と来年の再会を祈る祭りはもう過去のものとなり、今ではすべてが凍てつく季節の真只中になっていた。


(そう。あの日がすべてを狂わせてしまった。)


 すべてが一夜にして変わってしまったあの夜の出来事をわたくしは思い出さずにはいられなかった。


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