第120節 神の剣
(くそ……。)
いよいよ下女殿の祈りの言葉も聞かれなくなると、わしは君の手をそっと地に置いて憤って見せた。
そうすることで瞼の内だけに収まりきらなくなってきた湿りを拭い去り、まだ希望の灯を探し求めるだけの意気地を発揮できると思ったからだ。
――非情の結末。
それが一体何だというのだ。
君にそれを用意したのが天上の神の意思であったというのであれば、わしは喜んで彼らに牙をむくだろう。
もしそれが悪鬼悪霊の仕業だというのであれば、それこそわしはそれらの者をことごとく討ち果たしてみせよう。
そしてそのような過誤を犯した輩に命じて君の魂を再びこの体へと呼び戻すのだ。
(できぬとは言わせぬ。)
もし否やなどと宣おうものならば、わしはこの御神鳥より授かりし必殺の霊剣を振るってその不逞の者の首を刎ね飛ばすだろう。
それが成るまでわしは決して祈りなど捧げないし、跪いてその御業を乞うような真似もしないのだ。
――それだけ捲し立てると怒りに燃えたわしは懐に手を突っ込みその霊剣を手に取って振りかざした。
(これがその霊剣だ。畏れよ。慄けよ。そしてわしの前に膝を突き、許しを乞え。)
そして君の身に降りかからせた断命の毒を拭い去るのだ。
――しかし「これは脅しではないぞ」と、勢いよく掲げていたはずの腕が震えていた。
逆手に握ったその霊剣は、どうしたところで討つべき相手も見つからず虚しく空を突くばかりで、わしはとうとう力なく腕を下ろすとうなだれてその刃を見た。
(霊剣……。)
わしが手にしているこの匕首。これは正しく霊剣だった。
人の業では決して作り出せぬ恐るべき切れ味を誇る霊威の剣。
(しかし……。)
わしは虚しく嗤っていた。
こんな大層な物があったところで大切にしたかった女一人護れなかったではないか。いかに凄まじい威力を持っていたところで、所詮こんな物は生命を奪うだけのことしかできない生殺の道具に過ぎぬ。
もはやこの匕首を投げ捨ててやるだけの気力も沸いてこなかった。
匕首は我が手のひらに吸い付いたかのごとく離れようとはせず、わしはその紅い照り返しを放つ刃をただ茫然と見つめて考え続けていた。
(このような霊剣……君を救けられぬのであれば……。)
「いや、神剣と言うべきか……。」
遺棄すべき物と続けようとしたところに割って入った別の考えが思考だけに留まらず口を吐いて出ていた。
そんなことはどちらでもよいことのはずだ。
確かにこれは神の如き鳥から賜った神の剣とも云うべき刃であるが、なぜ今そんなつまらぬことに気が回ったのか。
それでもわしはどういうわけかそのことに気を取られて考え続けていた。
(そうだ。これは神剣……。……遣わしたのは御神鳥。神の如き優美さを見せた鳥……。)
わしはその容姿を思い浮かべていた。
そう。あれはうわさに伝え聞くばかりであった「鳳」。その噂に違わず……いや、それ以上の威容を誇る正しく神の鳥であった。
その神の鳥が何をどうしたものか、あの日、己が爪より研ぎ出したとする剣をわしに授けたのだ。
(鳥の爪を一体どうすれば、あのような剣に変えられるのか。)
神の御業の奥深さに思いを馳せると、どういうわけか心の中から悲しみの感情が消えていった。
そして今この手にあるのはその授かった剣の片割れ。折れてしまった切っ先を匕首として拵え直した物だった。
(神の如き鳥……。神……御業……神の……神!そうか!)
わしは脳裏に閃くものがあって思わずその目をカッと見開いていた。
――身に呑みて妾に祈り、願いを捧げるがよい。さすればその剣は……――
ついにかの者の言葉が思い出されて、わしはうつむきがちになっていた面を上げた。そこで我が瞳に映し出されたのは下女の三人が一様に悲しみに暮れる姿。
しかしわしはそんな姿も気にならないほどに興奮し、己が体の隅々まで紅潮しているのが分かるほどに熱りを感じると不意に立ち上がり、辺りの者を見回した。




