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【完結済/手直しするの止めました】神殺しの皇女  作者: 埼山一
第十一章 命の絆
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第119節 祈り

 天頂近くまで昇った月がなんの感慨も表そうとせずにただ我らの悲嘆を見守っている中、嗚咽に交じって聞こえてくるのは一人の女の祈りの声だった。


「嗚呼……オオミカミ様、ツクヨホシ様……。どうか……どうか……。」


 言葉を変えては何度も繰り返し聞こえてくる祈りは下女殿のものだった。

 どうやらこの中で最も信仰が厚いらしい彼女は、しきりに昼夜二柱(ふたはしら)の神にすがってはその奇跡を乞いねだり続けていた。


(もう……できることなど……。)


 しかし、わしは決して神を否定する者ではないが、かと言って今さらそれにすがろうという気にもなれなかった。

 何もかも手遅れだったのだ。

 そうしてこの期に及んでは神にでもすがるより他に気持ちの遣り様のない無力な人の身であることが、わしはただただ恨めしくなっていた。


(ねだったところで奇跡などおきるはずもない。)


 わしはそう思った。しかし、わしは耳に入ってくる下女殿の声に「いや」と考えを改めた。

 彼女がねだっているのは奇跡などではなく、常夜(とこよ)のクニへと赴いた君の魂の安らぎだろうか。

 いずれにせよ君のために祈る下女殿のその姿を見ていることがどうしても憚られたわしは、もう二度と動くことはなくなった君の寝姿に目を向けた。


(君よ……。)


 うつ伏せにされたままのその姿は見るにはあまりに忍びなく、それでも目を逸らすべきではないと思ったわしは地面に置かれたままの君の手を取った。

 わしにはどうしても君が失われたことが認められなかった。信じられなかった。ひょっとしたら彼女の心の鼓動は再び動き出しており、生命を感じることができるのではないか。


(そうだ。こんなことがあってよいはずがない。)


 こんなものは何かの間違いだ。きっと質の悪い冗談だ。そうしてわしを謀って、慌てふためいたわしを皆で嗤おうという魂胆なのではないか。


(それならそれでも良い。)


 わしは喜んで笑い者にもなって見せよう。だから君よ、目を……目を開けてくれ。

 ――しかしわしの願いなど容易く打ち砕かれた。わしが取った君のその手はどことなくヌルリとして冷たいものしか感じられなかったのだ。

 当然、そこには生命の息吹など感じられるはずもなかった。


(ああ……。)


 わしは知っていた。これは生命失われた者の手だ。死せる者の手だ。

 これはもう間違いない。

 これ以上おのれを欺きようのない純然たる事実を突き付けられたわしは、いよいよ諦めて受け入れるしかないという非情の判断を迫られていた。

 わしはこんなことになってしまった君の姿を見ることが耐えられなくなり、思わず目を閉じていた。


(……これが……こんなところで終わってしまうのが君の運命だというのか。)


 生まれ持って定められた生き方は変えられない。

 人はこの現世に生まれ落ちたその時から、死ぬる時とその形もまた定まっている。

 善き者は善き終わり方を、そうでない者はそうでない終わり方を迎えることが生まれたその時に定まっているのだ。


――善い行いができる者であれば、きっと善い最後が待ってます。だから――


 懸命に善く生きなさい。

 それが幼き頃に叔母上に説かれた人の生の在り方だった。しかし……。


(かと言って……いや、なればこそこんなことが簡単に受け入れられるわけがなかろう。)


 わしは取った君の手をそのまま両の手でそっと包み込んでやると、その上から唇を接けて何に祈るとでもなく祈った。

 果たして、これほどまでに納得のゆかない別れが我が生涯の中にあっただろうか。


(こんな……。)


 こんな死に方があってたまるものか。彼女が一体何をした。

 善き者にはそれに相応しい安らかなで幸せな終わり方が用意されているのではなかったのか。

 彼女が一体何をすればこのような不条理な死に見舞われる必要があるのだ。

 君はこんなにも優しく、聡明で、それに……。


(……いや……。)


 その続きを想うことは許されることではなく、わしはただ君に無心で祈ることしかできなかった。

 閉じた瞼の裏に偽りようのないほどに湿りを帯びていることを否定しながら、わしはただ君のためだけに祈り続けた。


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