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【完結済/手直しするの止めました】神殺しの皇女  作者: 埼山一
第十一章 命の絆
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第117節 神様じゃない

 そしてそれから。

 益々の時間を経るとヒラタから託されたその薬草もすべて使い切ってしまい、一向に快方に向かおうとせぬ彼女の容態を見守るほかに我らに残された手はなくなってしまっていた。


(たす)かりそうか。」

「……分からない。」


 わしの問いに何ら斟酌することなく答えたチユ殿はぽつぽつと症状の説明を始めた。


「肩は接いだ。」


 肩については元よりそれほど心配はしていなかったが、それはチユ殿も同様だったようで何でもないことの様に彼女は言った。それよりも今気にすべきなのは額の出血と具合の思わしくない背中の傷だろう。

 次にチユ殿が語ったのはわしが特に気がかりでならなかった頭の具合であった。


「――頭の方は、大したことない。」


 チユ殿は君の短く切られた髪を一つ撫でながら言った。

 確かに額の出血は既に乾いて固まっており、傷口を押さえるのに使っていた我が衣の袖であった絹布も今では不要の物となっていた。

 頭の骨にも異常はないと彼女は言っていたし、肩が着地の衝撃を多く引き受けてくれたらしいことが想像できた。


(しかし。)


 チユ殿の報告にわしが心の底から安心することはなかった。チユ殿が診たのは飽く迄も(あくまでも)外身(そとみ)であって、内側の話ではないだろう。

 だから、わしが本当に安心できるのは君が目を覚ましたその時しかなかった。


(今は君が目を覚ましてくれれば、それ以上は望むべくもないか。)


 誰にも窺い知れぬ頭の骨の内側の具合にまで言及できないのは仕方のないことでもあり、わしは納得せざるを得なかった。

 そしてチユ殿の報告はもう一つの気がかりな点である背中についてに及んだ。


「背中もやれるだけやった。」

「上手くいったのか。」


 わしの問いに彼女は黙ってうなずいた。

 見た感じにも君をもっとも酷く苦しめていたのはこの背中の傷であり、ここの処置が上手くいきさえすれば治療は成ったも同然と考えていたわしはその返答を歓迎した。

 目立った傷はこれぐらいであり、ならば治療はおおむね成功と言ってよいのだろうか。

 しかし吉報寄りと思われる内容にもかかわらず、救かるか分からないとチユ殿が答えたのにはやはり看過できない点があるからなのだろう。

 事実、チユ殿の表情は暗く沈んだままであり、続きを口にすることを躊躇っているようだった。


「けど……。」


 わしが感じた通りで、口を開いた彼女はそこで続きを言い淀んでしまった。

 何やら苦しげな時が流れ、それでも我らは彼女が続きを語るのを待った。

 そして――しばしの間を置いた後、彼女は意を決したように続けた。


「……最後に手当てした時、この()、傷から熱を出したみたいで……とても熱かった……。」


 そこまで言うと彼女は吐ききってしまった息をもう一度吸って、そして続けた。


「……けど……今は……。」


 せっかく吸い直した息も虚しく、すべてが言い切れずにチユ殿はそこでついに口をつぐんでしまった。

 見れば、彼女の揺らぎがちな瞳はただ君の後ろ姿にのみ向けられていた。

 チユ殿が最後まで言い切れなかったその言葉の先。しかし、わしは言われずとも知っていた。

 わしは先ほど君を抱きかかえているのだ。そしてその時に感じた君の温もりはと言えば……。

 ……やはり……。


「何とかならんのか!」

「やってる!」


 ただ君を救いたい一心で声を荒げるわしに、チユ殿が今までにないほどの大声で返していた。


「けど……。」


 チユ殿はそう言ったきりうつむいた。

 こうなってはもうこれ以上打てる手がない。どうしてもそれを言うことができないチユ殿の痛ましい横顔が、彼女もまた懸命に君を救おうとしていたことを物語っており、つい声を荒げてしまったことをわしに後悔させた。


「ひいちゃん……。」


 我らのやり取りを横で聞いていたサヨ嬢が誰にも聞こえないほどに小さな声で君に話しかけた。

 この娘は時折こぼれる涙も流すに任せて、それでも決して諦めることもなければ手を抜くこともせずに健気にも指示されていた箇所をずっと押さえ続けていた。

 そしてそんなサヨ嬢の横では口をキュッと結んで黙々と替えの布を湯で洗い続け、ついにはすべてきれいにし終えてしまった下女殿が君のことを見つめていた。


「私は神様じゃない……。」


 最後に一言、チユ殿が絞り出すようにつぶやいた声が聞こえてきた。

 サヨ嬢の真心と下女殿の献身とチユ殿の想い。三人の君に対する愛情がわしの胸を刺し貫き、わしはその想いの強さを知って、それ以上皆を励ましてやることもできずただ黙って君を見つめるより他にできることがなくなってしまっていた。


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