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【完結済/手直しするの止めました】神殺しの皇女  作者: 埼山一
第十一章 命の絆
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第116節 善き女子たち

 どうにかこうにか(くだん)の出血は止まった。

 しかし我らがほんの少しの安堵を感じている間にも、ただ一人だけ微塵も隙を見せようとはしないチユ殿の指示に従って我らは働き続けていた。


「タエさん。薬草を。」

「はい。……ですけど戻そうにもお湯が。」


 チユ殿がついにわしが渡した薬草を使う気になると、しかし下女殿がそう言って躊躇(ためら)いを見せた。

 確かにあの袋に入っている薬草は乾物なので、使うにしても一度何かで戻してからにしないと正しい効果は得られないだろう。

 しかし、今ここにあって使えそうな物と言えば湯か酒のみ。

 湯の方は下女殿が懸念を示した通り、何度も(きれ)を洗っている内にすでに温くなり濁ってしまっている。

 しかしならばと、もう一方の酒で戻したりしようものならば、その薬草は傷に強く沁みて「ひいの君」を酷く苦しませることになるだろう。


(ヒラタの奴め……。)


 奴は一体何をやっているのか。

 いつまでたっても到着しない追加の湯に思いを馳せては二人のやりとりを傍で聞いていたわしは、下女殿がためらいを見せる理由はもっともなことだと納得していた。


「それを使って。」


 そしてチユ殿が示したのは、すでに何度も布を洗って今や熱いとは形容できないような湯の方だった。


「よいのですか。」

「しょうがない。」

「はい。そうね。」


 これが仲間同士の呼吸の妙というものだろうか。

 わしは何かにつけて口ごたえの多いヒラタや、不要と思えるほどに詳細まで詰めたがるモリヤのことを思い出していた。


(わしもこれぐらい簡単に相談できればな。)


 関係が(こな)れてくれば我らもこの様な間柄になれるのだろうか。

 テキパキと進められてゆく様に、わしの中では感心といくらか羨ましい気持ちが同在していた。


「手が足りない。手伝って。」


 湯を別の器に移して薬草と共に練り始めた下女殿を横目に見ていると、チユ殿がわしを呼んだ。


「む、ここか。」


 わしは羨望の気持ちをしまい込んで意識を君の手当てへと戻すと、言われるままに空いていた手で君の傷を押さえる。


(これは……。)


 布越しに君に触れると心が騒付(ざわつ)いた。

 分かっていたつもりではあったが、こうして君に触れるとどうしても不吉な予感が脳裏をよぎって仕方がない。


(いや。)


 そんなことあるはずがない。とわしはその予感を否定した。

 そしておのれにできる精一杯は己が生気を彼女に分け与えることだとして、この手に念を込めて布を押さえた。


「サヨ。ここ。押さえて。強く。」

「うん。」


 次に指示されたのはサヨ嬢。


「両手で。」


 彼女はわしと同じように片手で傷を押さえたが、その力は如何にも頼りなさげに見えて、チユ殿に両手で押さえるよう指導されていた。


「うぁ……。」

「我慢。」

「……うん。」


 布越しに伝わってくる、今までに体験したことのないであろう不快で不吉な感触に怯んだサヨ嬢は、健気にもチユ殿の一言でへこたれたおのれを一瞬にして立ち直らせて見せる。


(善き女子(おなご)たちだ。)


 わしは何度へこたれても何度でも立ち上がるチユ嬢や彼女たちの中に救いを見た気がした。

 この女子たち中に混ざることができたのが、「ひいの君」にとってこのクニでの一番の幸運だったのやも知れぬ。

 健やかなる心身を持った者たちと交われば、自ずと自身も健やかになれるというものだ。

 わしは温かい気持ちで彼女らを見やった。


(しかしな……。)


 わしは温かさと同時に苦い気持ちもまた感じていた。

 そんな彼女らを見れば見るほどに気がかりになってゆくこともあったからだ。


――いい。別に……。――


 君の伏せる部屋に忍び込んだあの日、彼女から漏れた拒絶の言葉がにわかに思い出される。


(何がよいものか。)


 わしは今さらどうにもならぬことと知りつつも憤った。

 幼げな少女までもが君のために必死になっているではないか。

 これほどに強く慕ってくれる者がいながら、どうしておのれを助けようと差し伸べられた手を拒絶できたのだ。


(いや、分かっている。)


 わしは憤るのをやめた。

 そう。本当は分かっているのだ。

 それが彼女にとって無理からぬことだということも……。


「離して。こっちに。」

「うむ、任せろ。」


 わしはチユ殿の指示されたとおりに次なる布を強く押し当てる。

 こうして出血が止まるのを待っている間にも、チユ殿は薬草を練る下女殿に代わって布を洗っては絞るということをしている。

 ここにいる四人が四人とも必要なことをこなして、どうにかして君を救おうと懸命に働いていた。

 しかしそれだけに、わしは先ほどから触れた個所から伝わってくる君の生の気配がどうにも弱いことが気がかりだった。


――どうせ死んだって……――


 見知らぬ地で不条理な刑罰を受けた果てに弱りきり、ヨモツ神に魅入られた者の言葉。

 たとえ君に救いの手が差し伸べられたとしても、この地に留まる限り彼女に安息が訪れることはないだろう。

 だからあの時、君の姿を見たこのわしもその方が彼女にとっては救いになるやも知れぬと感じてもいた。しかし……。


(気付いていなかったのかも知れぬが、そなたは皆から慕われれる存在。そなたが死ねばヨシノだけでなくこのクマにも悲しむ者が大勢いるのだ。それが分かっておるのか、君よ。)


 死んで良いはずがない。

 今がどんなにつらくとも、そなたはそんなことが許される人間ではないのだ。

 それが例え非情と誹られようが君に恨まれることであろうが、わしは絶対に彼女を救って見せる。


(絶対に救ってみせるぞ。そして君はヨシノへと帰り、幸せに暮らすのだ。)


 わしは傷を押さえる手にひときわ強く念を込めて、己が生気を彼女へと送り続けていた。


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