第112節 救いたい
「下女殿!」
しばらくして、松明一つ持って遠方に現れた人影を見つけたわしが手を振ると、二人の女子が足早にわしの元へと近寄ってきた。
その女子らは、櫓の傍に転がって安らかな眠りへと堕ちている見張りの兵に気付いて不審な目を向けながらも、まっすぐにわしの元までやってくると我らは直ちにお互いの顔を確認し合っていた。
(うん?)
わしはやってきたその顔触れを見て、面には出さぬまでも訝しまずにはいられなかった。
やってきたのは確かに姫君に仕える下女たちだった。
しかしここに現れたのは中と小。名は知らぬが適当にそう名付けておいた下女の二人だった。
(何故この二人なのか。)
わしは得心が行かなかった。
わしが真に求めていたのはこの二人ではなく、もっと年嵩の、確かタエとか言う名の下女だったのだ。
わしは想定していた肝心の人を差し置いた二人だけの登場に困惑するしかなかった。
「ひ、ひいちゃん……。」
しかしそんなわしの戸惑いなどこの二人には関わりのないことで、小の下女は横たわる「ひいの君」を見るなり驚きの声を上げた。
そしてヒッと吸気を鳴らしてはたちまち呼吸が乱れて今にも涙がこぼれそうになる。
そんな小の下女に、中の下女は聞く者によっては冷たすぎると思えるほど淡々と、そして諭すように言った。
「サヨ。泣いちゃダメ。あなた、自分から行くと言ったのでしょう。」
「……うん。」
その言葉を受けた小の下女、サヨ嬢は気丈にも流しかけた涙を拭って頷いた。
(ふむ……。)
中の下女の冷静さもそうだが、たったそれだけを言われただけで揺らいだ気持ちを立て直して見せた小の下女の意気地にわしは感心した。
しかし、それでも頼りないことに変わりないこの二人に対して、わしはどうしても不安を拭い去ることができていない。
一方で、持っていた松明を強引にわしに押し付けた中の下女は、君の額の傷から布を剥がしてその具合を確かめると、次いで仰向けの君を横向けに寝かせ直して彼女の背中の様子を確認していた。
松明の火灯りと天つ空に輝き満ちた月明かりに照らされた君のその背には、本来仄白であったはずの衣に何か黒々とした糊状の物がべったりと染みて、その背中に張り付いていた。
「血は……大体止まってる……。」
中の下女は手に付いた赤黒い糊を指で擦りながらぽつりと独り言ちた。
「サヨ。うつ伏せにする。手伝って。」
「……うん。」
次に、中の下女はそう言って小の下女、サヨ嬢の手を借りると丁寧に君をうつ伏せに寝かせ直すと、懐から短刀を取り出して君の衣に刃を入れ始めていた。
「そなた、あー……。」
「チユ。この子はサヨ。」
彼女の手際に目をくれながら口籠るわしの意図するところを聡く感じ取ったチユ殿が、いくらか遅まきながらも名を明かしてくれた。
「チユ殿。卒爾ながら、そなたらは確かもう一人おられたはず。」
わしは肝心のタエ殿はどうしたのかと遠回しに問うた。
そんな懸念を抱くわしに向き合うこともせず、チユ殿は手を動かしながら答えた。
「道具を取ってから来る。」
「そうか。」
その答えに少しばかり気持ちの余裕を取り戻したわしは、言葉を交わしながらも手を止めることのないチユ殿の手際に気付いて、少しばかり彼女を見直していた。
チユ殿は「ひいの君」の出血に注意を払いながらべとべとと彼女の背に纏わり付いている衣に少しずつ切り込みを入れては慎重に剥がすことを繰り返し、次第に君のとても人の肌とはとも思えぬほどに悍ましく変色した裸体が露になっていった。
「うう……。」
わしですら思わず目を逸らしたくなるような凄惨な光景に、見守っていたサヨ嬢が悲鳴を漏らしながらも必死になって堪えていた。
(この娘も君を救いたいという気持ちは本物なのだな。)
何の力になれるか分からぬまでも決して逃げ出そうとはしないその姿に、わしは決して侮れるようなものではない彼女たちの覚悟を侮ってばかりいたその非礼を心中で密かに詫びた。




