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【完結済/手直しするの止めました】神殺しの皇女  作者: 埼山一
第十一章 命の絆
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第110節 薬草袋

「タケハヤ様。渡した薬草はまだお持ちですか。」


 ヒラタが妙なことを尋ねてきた。

 どうあっても生きることを諦めようとしているようにしか見えない「ひいの君」をこの手に抱きながら悲嘆に暮れていたわしは、その言葉の意味するところが分からずに眉をひそめた。


「薬草?……は。そうであった。」


 しかし怪訝に思ったのもほんの一瞬のことで、わしはすぐさま奴の言わんとする物に思い当たっていた。


(そういえば、傷にも効くようなことを言っておったな。)


 奴の言う薬草とは、わしが巫女として観衆の前に踊り出でようかという時になってから渡された、我が身に染み付いた馬匹臭を紛らわすための薬草のことだ。


(あれは結局使わずにおいたので懐に放り込んだままのはずだ。)


 そう思って懐をまさぐってみるのだが――おかしい。どこにも見付からない。


「しまった。モリヤに渡してしまった。」


 わしは件の薬草が入った袋の行方を思い出して痛恨の声を上げた。

 あの薬草袋は今何処かと聞かれればこうだ。




 ――女性(にょしょう)への変装と神妙の如き神楽舞の甲斐あってまんまとトラひげの懐に飛び込むことに成功したわしは、しかしその正体を看破された際の揉み合いでその薬草袋を落としてしまっていた。

 そしてその後、なんやかんやの末に宮殿を降りて、その際に地面に落ちていたそれを見つけて拾ったまでは良いが、そのまま何の気なしに話し相手をしていたモリヤに放り投げてしまっていたのだ。




「くう……。」


 まさかここで必要になると考えもせず、わしはなんと愚かな真似をしたのか。

 おのれの軽率さ、不用意さにわしは歯噛みするほど悔やんだ。


「モリヤですか。」

「あれがあれば助かるのか。」


 薬草の在り処を確認するヒラタに、わしは事ここに至りては藁にもすがろうかというほどの気持ちで尋ね返していた。


「いえ。それは何とも言えませんが、血止めと鎮痛、あとは強壮には効果があるはずです。」

「万能の妙薬ではないか。」


 今、君に必要な物がそろっているように思える。

 そのような物であれば、是非彼女に使ってやりたいではないか。と、わしは喜色を浮かべてその薬草の存在を歓迎した。


「いえ、秣です。飽く迄も薬草としても使える秣に過ぎませんし、強壮には服用しないといけませんが。」


 その説明をあたかも「天上の神が下界に下し給うた万能の秘薬」の如く受け取って、驚喜していたわしに、ヒラタは「ただの薬草」に過ぎぬと念を押してきた。


「ええい、何でもよい。貴様は直ちにモリヤからその薬草を受け取ってこい。」


 わしは、効能の正しいところなどには耳を貸さずにヒラタにそれを命じた。

 言われてみれば、確かにそう都合の良い薬などがこの現世に存在するはずもないのは当たり前のことでそれは残念ではあったが、しかしそれがもうただの馬の餌だろうが道端の草だろうが、この際少しでも彼女の救けになるのならば何でもよくなっていた。

 大体にして、このまま手をこまねいていても彼女の行く末に吉事が待っていることはないのだ。それに――


(これはわしが蒔いた種。)


 そう。だから、出来ることはどんな些細なことでもしてやりたかった。

 そしてそのためには、わしはもう彼女から離れるべきではないのだ。


(この役割だけは誰にも譲れぬ。)


 そういう想いの中で、わしはその薬草を自分では取りに行こうとはせず、ヒラタに行けと命じていた。


「は。」


 そんなわしの想いを知ってか知らずか、ヒラタはいつも通りにごく冷静でいつも通りにごく短い応諾を返した。


 そして直ちに踵を返すと、その場から立ち去ってゆく。


「あっ、待て。」


 その背中を見送ろうとしていると、ふと思い立ったことがあってわしはヒラタを呼び止めた。

 我が制止の声に脚を止めてこちらを顧みたヒラタの返事を待つまでもなく、わしはそのまま続けた。


「貴様は下女を知っておるな。」

「は?……下女ですか。」


 あまりにも言葉が足りなかったことで、下女という言葉の意味や存在ぐらい当然のように知っているヒラタが戸惑いを見せた。

 わしは言葉の省きすぎを秘かに恥じながら、しかしそんなことに構うこともなく付け加えた。


「む、そうだ。姫君に仕える三人のことだ。」

「ああ……。は。話したことはありませんが。」


 ヒラタは得心の相槌を打った後にあたらめて回答した。

 こやつはあまり余人との関係を持ちたがらないので知らぬと言われないか気がかりであったが、それでもどうやら顔ぐらいは憶えているらしく、わしはそのことを知って少しばかり安堵した。


「よし。ならば彼女らの協力も仰いでこい。彼女らはいつもの場所から動いてはおらぬはず。分かるな?」


 いつもの場所。それは宮殿の麓、向かって左のことだ。姫君らは祝宴の際は決まって同じ場所に陣取っていたのだ。


「は。では宮殿の周囲を当たってみます。」


 それで伝わるのか半信半疑ではあったが、そのことをしっかりと把握していたらしいヒラタはただそれだけ返事をすると再び駆け出して行った。


「急げよ!」


 わしは、わしが思っていた以上に有能だったのかも知れない己が臣の遠ざかってゆく背中にそう声をかけると、次いで彼女に向きやって祈りを捧げた。


(君よ、こんなところで死ぬでないぞ。そなたの帰りを待つ者たちがいるのだ。)


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