【回想】 白薔薇ロザリンデと花咲ける妹(2)
「なら、お祝いをしないとな」
ルシウスはロザリンデの妹を手懐けておきたかったのだろう。
学院寮のサロンを貸し切りにして、ロザリンデの妹を招待した。
『王太子殿下の私的な場に、子供を招待をされるなんて……』
『わざわざ学院入学前に⁈』
『特別扱いしすぎじゃありません? いくらあの令嬢の妹だからって――』
よいのですか? オウレリア様。
良いも悪いも。まさか王宮に招くわけにはいかないでしょうに。
私的な場だから、あえてルシウスは学院の共用空間を借り上げたのだ。
実際には予約も仕切りも準備もすべて、デレクに丸投げしたはずである。
「合格おめでとう。私も鼻が高いよ」
は? なんであなたが?
ロザリンデの妹フィオレンティーナは、王太子との初対面でそう思ったそうだ。
後年、オウレリアにだけそう打ち明けてくれた。
「さあ、掛けるといい。遠慮しないで」
単にお茶を飲むだけの席だった。
王室御用達の茶葉で香り高いお茶を淹れて、王都の洒落たお菓子でもてなす。
愛しいロザリンデが可愛がる自慢の妹を、皆でチヤホヤしてあげておしまい。
白薔薇ロザリンデの妹、フィオレンティーナ。
咲き誇る花々を思わせる名前をもらった少女は、どんなに可憐な花だろうか。
それとも小動物のような十三歳? きっととても可愛らしいに違いない。
愛らしい姉妹が並ぶ様は、どれほど目を和ませる光景であるだろうか。
「――ありがとうございます」
だが、ルシウス達は最初から調子が狂っていたようだ。
まず似ていない。フィオレンティーナは全然、姉とは似ていなかった。
「……似てないな」
あれは失言でしたと、かなり後になってエクトルが述懐していた。
だが本当の意味で失言したのはルシウスだ。それも致命的な深刻さで。
「はい。よく言われます」
黒眸黒髪。独特の色合いをしたきめ細かな白い肌。
フィオレンティーナの器量が悪いわけではない。誠に容姿端麗だ。
だが姉と二人並んでも、誰も姉妹だとは思うまい。
「実際。私は養女なので」
「え……」
そういう繊細な家庭事情には突っ込むな。
デレクに肘で突つかれて、反省したエクトルは押し黙った。
「元々、従姉妹なのです。私達の父同士が兄弟で」
ロザリンデが大らかに説明した。
成程。片方は混血か。妹の方には明らかに東方の血が混じっている。
「君は……チェスが得意なんだって?」
ルシウスが話題を変えに掛かった。
王太子に気を遣わせるあたり、この妹は大物である。
「いいえ。別に得意という程ではないです。人より少々強いだけで」
「ははは。面白い子だなあ」
そしてうっかり、ルシウスは挑んでしまった。
妹はチェスが強いとロザリンデがさんざん吹聴していたので、どんなものかと興味が湧いたのだ。
「では一局、お手合わせを願おうか」
だが、いつまでも面白がってはいられなかった。
フィオレンティーナは忖度しなかった。
王宮の家庭教師達みたいに手加減はしない。ルシウスは惨敗を喰らった。
「う・わ……」
「ほらね! 言った通りでしょう? ウチのフィオナは強いんです‼」
ロザリンデは手を叩いて喜んだ。このままではとても格好がつかない。
「殿下、交替しましょう」
しかし王太子の仇を取るべく参戦したデレクさえ、ボロ負けを喫した。
もう一回、泣きのもう一回……デレクは食い下がったが全く勝てない。
考えに考えた手を、悉く瞬殺された。
「さすがフィオナね! やっぱりウチの妹は天才だわ‼」
ロザリンデは無邪気過ぎた。終いに妹は欠伸をし始めた。
「姉様。私、もう帰りたいんだけど……」
間違いなく大物だった。後で様子を聞いたオウレリアは胸がすいた。
聞けば、ロザリンデなら大袈裟なまでに喜んだ高級茶や流行りの菓子にも特段反応することはなく、臆せず普通に飲んで食べていたらしい。
「つ、強い……」
「凄い、ね。……君は、どんな先生にご指南いただいたのかな?」
「アリスティド様です」
聡過ぎる妹は、辺境伯家の末弟アリスティド・アル・エルンストの名を挙げた。彼は最近、体調不良の宰相を補佐するために特にと請われて王都へ来ていた。
それも国王陛下直々の指名による抜擢である。武門の名家から文官として呼ばれること自体、異例のことなのだった。
「あの噂の秀才殿か……」
アリスティドはただの秀才ではない。地元では神童と呼ばれてきた。
就学年齢前にして王立学院に入学を認められ、一年の内に全過程を終えて十五歳の成人段階ではさっさと卒業している。
実に所要一年。この最短記録が破られることはないだろう。
その後、王立アカデミーを経てユベールに国費留学。ブルグ王国始まって以来の英才だと超有名な時の人だ。
「殿下。私達の地元では、アリスティド様が子供達に同時指南をしてくださるのですわ」
「同時に? チェスの指南を?」
「ええ。お館の大きなホールにぐるりとテーブルを並べて、そこにずらりと子供達が座るのです。そして順番に、アリスティド様がお一人で対局される。子供達は、アリスティド様が次にいらっしゃるまでに手を考えておきます。もっともアリスティド様が熟考されることはないので、何処にも足は留まらずすぐに周って来られるのですけれど」
「そ、そうなのか……」
「だから、アリスティド様は座る暇がなくて。立ったまま巡回されるのですわ」
ここでロザリンデは思い出し笑いをした。何故か得意気に。
「それをですねっ! ウチのフィオナだけなのです‼ アリスティド様の足を止めさせ、椅子に座らせたのは!‼ 妹はね、辺境領始まって以来の栄誉を勝ち得た、超できる子なのです‼‼」
「は? はあ……」
「これって‼ 物凄いことなんですよ⁈」
ロザリンデだけが興奮していた。周囲は漏れなくドン引きだ。
「でも私、一度も勝てたことないです」
フィオレンティーナだけが淡々と言った。この場で平常心なのはこの子だけ。
「え?」
「いつもコテンパン。たぶんアリスティド様には、相手にすらなってないと思います」
この強さで?
秀才の誉れ高いデレクが真っ青になっていたそうだ。是非とも見たかった。




