【回想】 白薔薇ロザリンデ(2)
2026.10/9 タイトルのみを修正(内容は同じです)
『殿下は素晴らしい方です。お優しくて、聡明で……』
白薔薇ロザリンデ。あれは幼い十六歳だった。
ブルグでは十八歳以下の結婚は減っているが、国が違えば既に嫁して母親になっていてもおかしくない歳だ。高貴な生まれの娘ならば猶更。
ブルグで貴族令嬢の初婚年齢が上がったのは、他国に先駆けて王立学院が共学化されてからである。以降、学院卒業年齢の十八歳以降に婚姻する女子が増えた。
ユベールは男尊女卑傾向がより強く、王立学院が共学になるのは十年程遅かった。由緒ある大国に、後進のブルグが先んじた格好だ。
ただし先鞭を付けたブルグにしても、女子教育の水準を向上させようとかの高尚な目的ではなかった。
それは、公的な婚活の場を設けたいという即物的かつ低俗な理由による。
名家でも次男以下は婿入り先を決める必要があるし、下位貴族の子息達は伴侶探しに苦労する。そのための措置なのだ。
先行のブルグでは着実に成果が上がった。頭の固いユベールも、婚活前線の活況ぶりを見極めてから共学解禁に踏み切ったようである。
『王太子殿下ほど素敵な方を、私は存じ上げません』
だからオウレリアは、てっきりロザリンデも婿探しに王立学院に来たのだと思っていた。父であるベルンシュタイン男爵も、そのつもりで長女を王都に出したはずだ。星を映すように瞳をキラキラさせて王族と恋をしても、彼女と実家には一つもいいことはなかった。
『――オウレリア様は、私なんか目障りだとお思いでしょうに……』
たった一度きりの会話で、オウレリアはロザリンデにそう言われたことがある。
え? いえ別に?
むしろあなた、自分をそこまでの存在だとでも考えていたの?
不思議なことだが、オウレリアはロザリンデを憎いと思ったことはない。
彼女以前にも、ルシウスに擦り寄る女性達は何人もいた。
王国内には未婚令嬢はゴロゴロいたし、学院にも多くの女性が在籍している。
積極的にオウレリアの敵にはなりたがらないまでも、王太子の歓心を買いたい女性は多々いたのだ。きっとロザリンデ以降にも出現することだろう。
王太子ルシウスも、そういう女性には免疫が付いていた。
だから比較的にもうまく距離を取れていた。全員に分け隔てなく接するのは王族の義務だ。オウレリアは一度として、それを不満に思ったことはない。
特定の誰だかを脅威に感じることもなかった。
『王子様でなければよかったのに……』
ただしロザリンデだけは別だった。
彼女が正当な婚約者オウレリアの立ち位置を脅かすからではない。
ルシウスが彼女に夢中になろうと、誰も見たことが無いような甘い顔で四六時中彼女と過ごしていようと、それは関係ない。
彼女は、既存の秩序とか体制を崩しにかかる存在だったのだ。
おそらくは、その思想において。
『私、殿下が好きです』
ロザリンデは誰でも言う台詞を口にした。だが誰も言わなかったことを言い添えた。
『でも、もし殿下が王太子様でなかったら。王族ですらなかったなら……もっともっと、大好きになれたのにと思います』
これが殺し文句だったらしい。
こんなベタな物言いが響いたのだ。ルシウスの急所はよくわからない。
「あっざとぉい」
ニケは顔を顰めていたな。
いつの間に探って来るのか、チョイチョイ偵察をして現況を仕入れて戻るオウレリアの忠実かつ有能な専属メイド、ニケは。
「今ドキ、あんなの間に受けます? あれで引っ掛かるとかチョロ過ぎ……」
「ニケ」
オウレリアは優しく窘めた。
「あの方、わたくしの婚約者だから」
そう。その頃はまだ、オウレリアも鷹揚に構えていた。
――クズゲス外道、ヘタレのポンコツ。
ルシウスの家系には、元婚約者の手記にそう酷評された残念無念な大公がいるのだが、オウレリアとしてはそこまでキツく王太子殿下に当たりたくはなかった。
――あれは大公の器に非ず。
私的な記録でこう痛罵された大公シオンは、婚約破棄と同時にその侯爵令嬢から公的にもそう告発された。オウレリアは、そこまではしたくなかったのだ。
あまりに苛烈な仕打ちだったから、彼は戯れの恋の相手と貴賤結婚に奔ったのではないのか。オウレリアにはそんな気がしている。
ただ女から棄てられた不名誉を取り繕いたくて、その一心で悪手を打った。
シオンの汚名が伝わっているのは、結果、彼が見事に零落したからである。
歴史とは常に、勝者のものだ。
片や、元婚約者ナターシャ・フォン・ブリゼは栄達した。
女性からも婚約破棄は可能であり、そのことで何ら女性側に瑕疵を与えないと、ナターシャ様は証明してみせたのだ。
そして当時は『駆け込み聖堂』として名を馳せていた聖ソフィア女子修道院の、初代院長に就任した。
それまで教会の一段下に位置付けられ、院長には男性司祭を戴かなければならないと義務付けられていた聖母教会全体の地位は、ナターシャ様の時代に著しく向上した。ナターシャ様の卓越した政治手腕の賜物だと言われている。
『婚約者に捨てられた侯爵令嬢』
そう思われた時期もあったらしいが、彼女は存命中に自力で名誉を回復した。
今や、彼女への評価は真逆だ。
『大公シオンの息の根を止めた女』『事実上の大公位を蹴った女』
女傑ナターシャ様の名は後世にまで燦然と光り輝いている。もはや煌めく伝説である。
だが自分に同じことができるとまで、オウレリアは自惚れてはいない。
『王冠か私か。どちらかを選んでくださいっ……っ‼』
手練手管ならば問題はなかった。だがロザリンデの場合は本気だった。
だから危うかったのだ。
王族ではなく、一人の男としてルシウスを欲した女性。
ロザリンデは、疑う余地なく危険分子だった。
ロザリンデの真似をしたがる女は、おそらくこれからも出て来るだろう。
だがロザリンデのような女性は、おそらくもう二度と現れるまい。
これはオウレリアの私見ではなく、しごく客観的な公式予見である。




