【回想】 白薔薇ロザリンデ(1)
2026.10/9 タイトルのみを修正(内容は同じです)
「その名にしおう、愛らしい薔薇だ。そうは思わないか? オウレリア」
西の辺境領に咲いた白い薔薇。そう称えられていたのだそうだ。
男爵令嬢ロザリンデ・ベルンシュタイン。
彼女の名を婚約者の口から聞いたのは、新学期が始まって少しした頃だった。
まさかその後、ああした展開になろうとは。さしものオウレリアでさえ予測し得なかった。
ロザリンデが入学してきたのは、オウレリアの王立学院最終年だ。
地元では有名な美少女だったそうだ。入学前から一部では話題になっていた。
『評判通りだなあ……すごく可愛い』
『今年の新入生では一番じゃあないか?』
『そうそう。ピカイチだよな』
入学すると、上級生達でさえ理由を付けては一年生の教室までロザリンデを見に行っていた。まさかルシウスまでが参加したとは思わないが。
『嬉しいです。王立学院に入れるなんて……』
ロザリンデの実家は家格が低い。貴族とは名ばかりで、姓を名乗れるだけの家柄らしかった。片田舎にある領地は中規模農家とさして変わらない。おそらく富農の方が裕福だったろう。
領地収入だけでは生計を維持できないから、男爵は西の辺境領で役人として仕事をしていた。生活水準はほぼ平民の一般家庭だ。
憧れの王都。夢の王立学院。ロザリンデは何も嘘は言っていない。
『学院イチ、可愛くないか?』
『そうかも……』
柔らかい色味のブロンド。萌え出ずる若葉のような緑の瞳。
入学式時点で、既に一番人気だったらしい。
さらには、その性情も素直で天真爛漫。飾らない人柄に癒されると、ロザリンデはすぐに学内で一、二を争う人気者になった。
あのままでいれば、平穏無事に楽しい三年間を送れたはずだ。
『王都は初めてで……。何もかもが知らなかった事ばかりで、慣れなくて』
確かに愛らしかったのだろう。男性から見れば。
ただし同性の目には少々野暮ったく映る。事実、あまり垢抜けてはいなかった。
しかしそこもまた、一部男性には魅力のようだった。
女性が洗練され始めると、蓮っ葉だとか言い出す底の浅い手合いはまだまだ多い。
『初めまして。ロザリンデ・ベルンシュタインと申します』
所作そのものはごく普通。あくまで可もなく不可もなく。
田舎でも礼儀作法は習えたのねと、上級生達には嫌味を言われていたようだ。
ベルンシュタイン男爵家がどこの寄子か、知らずに貶していたものらしい。
彼女達の太っ腹な寄親、西の辺境伯家エルンストは寄子の弱小貴族の娘達を館に集め、まとめて講師によるレッスンを受けさせていた。
そのおかげで、ロザリンデも一応人前に出せる状態にまで仕上がっていた。
稀に見る面倒見の良さだったわけだが、親切にはちゃんと理由があった。
講習対象は、ベルンシュタインのような家のちょうどロザリンデくらいの年代の女の子達だ。手許に置きたいのに置けなかった一門の娘に教育を施したくて、その子を大っぴらに呼ぶ口実に、あえてそういう回りくどい方法を取っていたのだ。
何もかも、一時は辺境伯家先代当主の隠し子だと噂されていた、ロザリンデの義妹のために。
『ルシウス殿下……』
ロザリンデが急速にルシウスと距離を縮めたのは、王都の街中で遭遇して以降だという。
慣れない王都の街中で迷っていたのか、絡まれていたのか。
そういういかにもな出会い方をして、一気にルシウスと親密になったらしい。
どうせルシウスは例によって顎で指示だけして、助けに動いたのはデレクかエクトルだと思う。が、ロザリンデがぼーっとしたのは王太子ルシウス殿下だった。
金髪碧眼に甘いマスク。何この人? まるで王子様みたい……
そう思ったら、本当に王太子殿下だったのですね。
その頃、ロザリンデは同級生にそう話していたそうだ。
王立学院は前期の方が長い。秋からの後期には学年末考査しかないが、前期には中間考査がある。試験明けには数日間の休みがあって、解放感いっぱいになった生徒達は貴重な休日を満喫する。今も昔も街へ繰り出し、大いに羽根を伸ばす生徒は多かった。その中の一人と、お忍び中の王太子御一行が偶発的にも接近するのは、どうにも出来過ぎな気もしないではない。
オウレリアは常に多忙だった。
妃教育に加えて、割り振られた公務。空いた時間には学院の勉強もする。
休みがあってもオウレリアには休みではない。
だからルシウスが私的な時間によくロザリンデと会っていることを、彼等が頻繁に連れ立って出掛けるようになるまで気付けずにいた。
抜かりがあったのだ。そこは認める。




