デレク退場 ~たぶん舞踏会の前座かしら?
(それに、あなたの所為でしょうよ――)
オウレリアは確かに仕上げをしたかもしれないが、原因を造ったのは間違いなくルシウスである。
王太子の火遊びの噂はかなり広まってしまっていた。
オウレリアも婚約者なりに手を打ったものの、本人達の脇が甘いからどうしても限界がある。
こんな事態にならないよう王家は王太子の為に同級の幼馴染二人を付けていた。だが、狭い学院の中でさえ彼等は阻止できなかったのだ。
むしろ助長した向きさえある。どちらかが責任を取らねばならなかった。
加えて、王太子自身が大ポカをしでかしていた。
外交機密に当たる事柄をペラペラ浮気相手に喋ってしまうという、あってはならない失態を演じてのけたのはルシウスだ。第三者までがいた席だった。
ルシウス本人には機密の認識はなかったと言う。
だから調子に乗って、外交上知り得た事項をまるで面白おかしい噂話のように披露してしまったのだ。
結果、関係者に致命的な傷跡を残した。
エルンスト辺境伯家が厳重抗議して来たのは至極当然な反応だ。
王家も捨て置くことは出来ない。お灸を据えるだけでは済まない事態だった。
そして責任を取らされたのはルシウス自身ではない。
詰め腹を切らされるのは、いつでも王子ではなく端の者だ。
「心外ですわ……殿下。わたくし、デレク様のお見送りにも参りましたのに」
「……え」
あら。殿下は見送りもしなかったの?
自分の尻拭いをしてくれて追っ払われる破目になった、友の出国に際して?
親友、だったのよね? 他ならぬ殿下から、そう聞かされたと思うけれど?
――デレクが泣くはずね。
まったく。それはないでしょうよ。
あやうく舌打ちが出そうになって、オウレリアは鉄の自制心で押さえた。
『しばらくのご辛抱です。必ず、呼び戻して差し上げます』
デレクの旅立ちは数日前の早朝だった。
王都の外れまで馬車を走らせたオウレリアの言葉に、デレクは落涙した。
『オウレリア様……』
嘘は言っていない。
結婚後、オウレリアは王太子妃として臣下デレクを呼び寄せるつもりだ。
その頃にはもう、デレクはルシウスの腹心ではない。
再会する時、かつて『王太子の真実の愛を擁護する協力者』『親友の道ならぬ恋の共犯者』だった彼はもういない。王太子妃オウレリアに忠実な能吏が、一人増えているだけだ。
「わたくしは実家からでしたから、夜明け前に出るのは苦労しましたけれど……。
殿下は、寮からお出ましになるのは難しかったのですか?」
ルシウスの短い謹慎は、すぐに解かれたはずだ。
厳しく叱責された後、王宮の自室から学院寮に戻れていた時期である。
察するに。暫くデレクには会うなとでも止められて、ルシウスはそのまま従ったのだろう。
こういうところがダメダメだなとオウレリアは思う。
勿論決まりは大事だが、逸らしてはならない機微というものがある。
どうやら王国一番のお坊ちゃまは、それを理解しておられない。
「デレク様はあの日に出るしかなかったそうですわ……。代わりに宰相補佐を務めるアリスティド・アル・エルンストが任命されるまでに、発たないといけませんでしたから」
だがおかげで、デレクはこちら側に取り込めた。
もうすぐ『無事到着しました』の報告がてら、デレクからオウレリアには短い手紙が届くはずだ。それはこれから付かず離れず続くはずの往復短信の第一段になる。
そしておそらく、見送りにさえ来なかった薄情なルシウスには一切来ることはないであろう便りだ。
――デレクの離脱は、殿下には何より痛手でしょうに。
この先、ルシウスがどんなバカを思い描こうと実現はしないだろう。
無謀な企てでも実現可能な計画に落とし込んでくれる、緻密な参謀はいなくなった。
「でなければ、デレク様も余計に辛かったことでしょう」
「………」
ルシウスはようやく黙った。
これだけ言い募っておけば、もうルシウスはこの件を蒸し返してこない。
オウレリアが裏を探られる心配もない。
表向き、王太子の情報漏洩に物申したのは西の辺境伯家エルンストである。
その主張は正当だ。国王はそう認めて王太子を叱責した。
訓戒だけでは示しが付かないから、現宰相の長男が処分を受けた。
さらに、見掛け上ではこうなる。
デレクはエドナへと追い払われ、彼が就くはずだった宰相補佐の座にはエルンストの末弟が座った。王太子の失言に付け込んで、実利を得たのはエルンストだと。
エルンストが主導した事態ではなかった。
俊英アリスティドを指名したのは国王で、彼はデレクの処分以前に登用されている。だが、物見高い連中には時系列なんぞは関係ない。
懼れられ、恨まれるのはエルンストだ。王家でもオウレリアでもない。
あの物騒な武門の辺境伯家が野次馬から言われたい放題でも沈黙しているのは、渦中に寄子の男爵令嬢姉妹がいるからなのだ。
「オウレリア……」
集合の予鈴が鳴り始めた。少し離れたところに立つ護衛のエクトルが困っている。
「殿下。そろそろ試験開始時間ですわ。参りましょう」
ちょうど期末考査の初日だった。
大丈夫かしら? この方、上手に頭を切り替えられるかしら?
仮にも王太子だ。腐っても今上陛下の跡取り。それがみっともない成績を取られては、目も当てられない。
オウレリアはむしろそちらを危惧していた。




